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「つづきから」

「……じゃあこのイングァーナの包み焼きで」


何がなんだか分からないでいたが、腹は減るものだ。

宿屋で状況の整理を行っていたところ、腹がそんな事よりメシだと嘶いた。

自分の鞄(推定)を漁ると、金貨と銀貨が数枚と、銅貨が大量に入った袋を見つけた。


意外と持ってるな。


これならば当面の生活には困らないだろう。

……ふむ。


「ミラエルさん、良ければ昼飯でもどう?助けていただいたお礼に」


そう言うと、ミラエルは笑う。


「助けたお礼は別でいただくとして、お昼はご馳走になりますね」


昼飯代では礼にはならんと来た。なかなかふてぇ女だ。

そしてミラエルに腕を引かれるまま訪れたのは、街でそこそこのレストランだった。

そこそこ美味く、そこそこ高い。

ランチ使いするにはやや贅沢な店だ。


メニューを眺めると、イングァーナの包み焼きが目に入った。店主のオススメらしい。


イングァーナとは、言ってしまえば家畜化された獣だ。鶏といえば鶏だし、鴨といえば鴨。


もっと安い食堂では、家畜化されていない朝どれの獣を食べられるのだが、それに比べれば臭みが少ない。

非常にお上品な味わいの肉だ。


状況を整理しよう。

このような具合に、どうやら俺の記憶は、この身体の持ち主の上に上書きされた状態らしい。

知識・・・・・・例えばこの世界の常識やら価値観などといったものは消えておらず、記憶の部分がすっぽりと瀬川瑛一郎に書き換わっている。


貨幣の価値や、見たこともないイングァーナという家畜、ややリッチなレストランの存在などの知識は、この身体の前任者の得た知識というところだろう。


なるほど、ミラエルの魔術を見た時の違和感の正体もこれだ。

瀬川瑛一郎の常識ではあり得ない魔術が、この身体の持ち主にとっては当然のものだったのだろう。


そして、レストランでメニューも当然日本語では書かれていない。英語でもない。

見た事もないはずの図形の羅列だ。


しかし、目を通した瞬間に文字の内容を理解できる。


なんなら、ミラエルと話しているこの言語ですら日本語ではないはずだ。

しかし、間違いないのはこの言語を聞き取れるし、話をする事もできるということ。


消えているのは、この知識や経験を獲得した者の存在だけ。

まるで、中古ショップで購入したレトロゲームの「つづきから」のデータをプレイしているようだ。

なんとも都合の良い異世界転生だ。


転生、なのか?記憶のみの転移になるのだろうか。

しかし、自分が瀬川瑛一郎だという自覚はあるが、自分の身に何が起きてこんなことになったのかがいまいち思い出せない。トラックに轢かれたっけか。


あ、イングァーナ美味いな。


「……あら?ハルバート。どうしたのよ、こんな店で」


イングァーナの包み焼きに舌鼓を打っていると、少し離れた席から一人の女が声をかけてきた。


誰だこいつ。肩までの青髪に、やや気の強そうな目元。町娘・・・・・・というよりは冒険者だろうか?

このように、以前の存在に関わる記憶は消え去っている。


「貴女は?」

ミラエルが謎の女に問う。なんてありがたい。


女は、ミラエルの姿を認めると眉間に皺を寄せ、見ない顔ね、と小さく呟く。

俺にとっては全員見ない顔なわけだが。


「私はアリシア。シルバープレートよ」


そう言ってアリシアと名乗る謎の女は、自らの胸元に光るプレートを示す。

シルバープレートだ。


「ふぅん」


ミラエルは全く関心なさそうに食事に戻る。

その様子に、自信満々にプレートを見せつけたアリシアさんはいたく傷ついたようだった。

確か、シルバープレートは冒険者の階級で言えば10段階中の5番めだったはずだが、シルバー以上の冒険者は全体の一割未満。全体の中では、かなり上澄みの実力者……ということになる。


「……あー、アリシアさん?実はその……どうも俺、その、記憶を無くしてしまったようでして」

「え、何?惑いの森でも行ったの?」

特に驚くふうでもなく、アリシアは言った。


「じゃあ早くヒーラーのトコ言って治してもらいなさいよ。ていうか、よく生きてたわね」


この世界では、記憶を失うことはさして珍しいことでもないらしい。

アリシアは俺たちの横の席に腰掛け、ウエイターにランチメニューを注文した。

「まぁ、命があっただけでもよかったじゃない。死体を探しに行く手間が省けたわ。貴女がこいつを助けてくれたの?」

ミラエルは、口いっぱいにケーキを詰め込み首肯した。


「……なんか食べる?」

アリシアがそう言うと、ミラエルはメニューのスイーツ欄を上から下までなぞった。マジかこいつ。

しかし、アリシアは変な子、と笑い、ウエイターにスイーツを全て注文してみせた。

シルバープレートともなると、かなり儲かるらしい。


「ハルバートってのが俺の名前なのか?」

「そうよ。ハルバート・フィンケル。この街じゃ五人しかいないゴールドプレート。ギフトがそのまま通り名になってるわよ。『グッド・ラック』ってね」


グッド・ラック。

幸運を祈る?

ミラエルはじっと、射すくめるような視線をこちらに向けてきた。


「なにか、思い出されましたか?」

「いや全然」


そう言うと、ミラエルは興味をなくしたように、再度大量のスイーツを食らい始める。小さな口で一度に食べる量も少ないのに、あっという間に皿からスイーツが消えていく。


ハルバート、か。全くピンと来ない。

しかし、そう呼ばれた時は反応できるようにしておかないとな。

いちいち記憶の説明をするのも面倒だ。

それにしてもギフト、か。

ギフトというものは知っている。この世界における、その人物固有の能力だ。天より与えられし力とされている。


俺のギフトは……その、『グッド・ラック』というギフトは、一体どんな力なのだろう。

今でも使えるのだろうか?


「ギフトの確認って、冒険者ギルドでできるんだっけか?」

「それは覚えてるの?変な記憶喪失ね。普通もっと取り乱すものだけど……私をおちょくってるんじゃないでしょうね?」

「いや違う違う。ハルバート……自分にまつわる記憶だけ抜けたんだよ」


そう言うと、アリシアの表情が変わった。


「……それ、ヤバくない?」

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