ある冒険者の記憶
自分の中にある景色が、一体何かが分からなかった。
記憶と呼ぶには曖昧すぎるそれを周囲に話しても、誰ひとりとしてそれを真に受ける者はいない。
当然だ。
辺鄙な村で生まれ育ち、村の外などろくに見たこともない子どもが語る『ここではない世界』の話など、誰が信じるものか。
俺にとってもその景色には大した価値はなく、年を重ねるごとに薄れ、幼い頃に見た夢と大差のないものとなっていった。
変わり映えのしない村での生活に嫌気が差した俺は、十四歳を迎えたその日に村を離れた。
冒険者になるのだ、世界に蔓延る悪を滅ぼすのだ、と息巻いてはいたが、その実、ただただ村を出たい一心だった俺は、ある程度旅をして辿り着いた街に腰を落ち着けた。
故郷からは遠く、王国を脅かす国々からも距離がある。
つまるところ、向上心がなかったのだ。
魔王を討伐して英雄になるつもりもなければ、大魔女の秘宝を手に入れて成り上がろうなんて気概もない。
そこそもの魔物を狩り、要人を警護し、そこそこのダンジョンを探索し、稼いだ金で小さな家を買い、冒険者としてはそれなりの人生を送ることができれば、それでよかった。
金になりそうなクエストをこなす日々が楽しかったかと言われればそんなこともない。
ただ、多少は冒険者としての才はあったようで、街では片手に入る実力者として数えられるまでにはなっていた。
本当に実力なのか、とさえ思う事もある。
あまりにも上手くいきすぎではないか、と。
そんなある日、俺は旅の女と出会った。
酒場の隅で、カップ一杯のミルクを大事そうに啜っていた女に、何を思ったか声をかけ、女の旅路であった話を聞いた。
デカい帽子の下にある顔を覗いてみれば、金髪の大人しそうな女だった。目は翡翠色で、顔立ちは整っている。まぁ、下心が全くないわけではなかったが、そんな事よりも彼女の語る旅路は、ここではないどこかに焦がれ続けてきた俺を相応に惹きつけるものだった。
そして、どのような話の流れでそんなことを思い出したのか、俺の中にある景色について話をした。
辺鄙な村の生まれの男では想像すらつかないような景色だ。
村一番の巨木を遥かに超える高さの塔の上で、灰色の土を高速で移動する蟻の群れを見つめている景色だ。
蟻はこの世界のものではなく、実に色彩豊かで、整然と土の上を移動している。
塔の高さからすれば、蟻はかなりの大きさだったのかもしれない。
村の中で生きてきてそんなものを見た記憶もなければ、おおよそこの世界に存在しうるような景色でもなかったように思う。
旅路の中で、そんな景色を見たことはなかったか、と俺は女に問うた。
女は、その大きな瞳をさらに見開き、俺を見て、言った。
その瞬間、俺はその景色のなんたるかを思い出した。
そうか、やはりこれは記憶だったのだ。
「あなたは、転生者なの?」
俺が立っていたのは高層ビルの屋上で、灰色の土に蠢く蟻はアスファルトを走る車。
そして俺……いや、俺だった者は、その世界で……。
命を落としたのだ。