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それから暫くして、落ちついたカナメが発した最初の一言は「ごめんなさい」だった。
「本当は真っ先に言わないといけなかったのに」
再びごめんなさいと頭を下げるカナメに対し「気にするな」と軽く言葉を返す少年。
「謝罪は充分に伝わった、この話はこれで終いだ。それと俺のことは敬わなくていい、子供として扱え」
それはとても難しいことだとカナメは思う。ここまでのことをされて、あまりにそれは不義理ではないだろうか。
「あー、そう困った顔をするな。俺に恭しい態度で接してみろ、周りの目が気になるだろう?」
「……たし、かに。そういう、ことなら」
歯切れ悪い物言いに不安そうな表情を浮かべるマーリン。「頼んだぞ」と念をおし、話を切り替える。
「朝になったら早速、母親のところへ向かおう。腕の良い医者も連れてな。あと今日はここで寝ろ」
いいの? と言うカナメに安全の為だと返すマーリン。
「口封じの為に殺しに来る可能性だって充分にあるからな、ここにいれば安心だろう」
追い詰められていたカナメに失敗した後のことを考える余裕なんてものはなかった。言われてみればそうだ。依頼の失敗をした挙句、マーリンと協力関係を結んだ彼女を生かす道理はない。確かに少年と一緒にいる内は安全だろう、それは身をもって知っている。だが自分のことよりもーー最悪のシナリオが彼女の頭に浮かぶ。
「家族が心配か?」
その不安を表情から読み取ったのだろう。彼女は素直に頷く。
「それなら大丈夫だ、こっちから釘を刺しておく。ーー反応が見られないのが中々に残念だ」
悪戯に笑う少年にカナメは首を傾げる。一体全体どう釘を刺すというのだろう? 依頼した人間も、その裏で糸を引いている人間もマーリンには分からない筈なのに。
「とりあえずだ。明日から忙しくなる。少しでも休め」
カナメに背中を向けて歩き出した少年。小さなその背中は、けれども父と同じような力強さを感じる。
「あの、マーリン!」
初めて名前を呼んだ。
ゆっくりと少年は振り返る。
「本当にありがとう。これも、真っ先に言わないといけなかった」
カナメの言葉にマーリンが微笑む。
歳に相応しくない、どこか妖しい笑みに彼女は目を逸らせない。
「どういたしまして。おやすみ、カナメ」
「うん。おやすみ、マーリン」
寝室から出たマーリン。彼は何処で寝るのだろうか。それをいま言うのは野暮だろうかと、彼女は暫く少年が出て行った方を見つめていた。
こんなことになるなんて夢にも思わなかった。だってどうかしてる、自分を殺しに来た人間と一緒に旅をするなんて。姿に見合わない器の大きさにただただ敬服するばかり。尤もそれを彼は嫌がるだろうから、思うだけに留めておく。
ベッドに身を沈めると突然襲ってきた眠気。薄れていく意識の中、今日という日をきっと死ぬまで忘れることはないだろうなと思うカナメ。マーリンが元の姿に戻るその日まで全力で彼のことを支えよう。
お父さん、見守ってて。
また、夢の中で会えたらいいなとそう願って、カナメは眠りに落ちていった。




