1ー8
啜り泣くカナメが静かに言う
「全部、無駄だった」
やってきたことは。
積み上げた魔物の死骸は。
これまでの人生は。
生きてきて、無駄だった。
「お前、名前は?」
少年の言葉に反応が遅れる。
「……なま、え」
「名前。まだ聞いてない」
「……カナメ」
「そうか」
おそるおそるマーリンの方を見ていたカナメ。
綺麗な青の瞳に自身が映っていて、そして彼の考えが何一つ読み取れないでいた。
「カナメ、人を殺したことはあるか」
突然の問いにカナメは戸惑いながらも、首を横にふる。
「そうだろうな。お前は気付いていないだろうが、一挙手一投足に迷いがあった」
「……わたしは、本気であなたを」
「なら、そこがお前の限界だ。お前じゃ俺を殺せないよ。腕の問題じゃない。ただ単純に向いてないだけだ」
突きつけられる言葉。けれども冷たく聞こえはしない。マーリンはきっと淡々と事実を述べているだけだ。
「ニ日後」
少年が話を変える。
「俺はエルドラへ向かう」
「エルドラ……」
世界で一番魔術師の多い国、魔術大国エルドラ。
ここからは随分離れている。
そんな話を、どうしてわたしに話すのだろうとカナメは少年を見つめる。
「この体をどうにかする為に向かう訳だが、子供の姿というのは中々に不便でな。夜を出歩くにしても宿に泊まるにしてもまあ難しい。それを解消する為に保護者もとい助手が丁度欲しいと思っていたところだーー」
少年が椅子から立ち上がる。
窓から差し込む月が、二人を照らしていた。
「ーー契約だ、カナメ。俺についてこい。必要な治療費は俺が払う」
信じられない言葉にカナメは目を見開いていた。先の出来事を彼は忘れてしまったのだろうか。あまりにも都合が良い話に、まだ夢の中にいるのではないかと疑う程にカナメは困惑していた。
「わたしは、あなたを殺そうとして」
「でも殺せなかった」
自身の首を触るマーリン。
見れば、刺し傷はまだ残っていた。
「誇りに思え。俺に傷を付ける術師などそういないぞ?」
どこか嬉しそうに笑う少年。
年相応の笑顔に、カナメは目が離せないでいた。
「お前の腕を俺は高く買っているわけだが、まあ辛い旅になるかもしれない。何せエルドラは術師だけじゃなく魔獣の生息が世界一多いからな。当然、死の危険が伴うが、魔物を殺すのは得意だろう? ーーお前がやってきたことは無駄じゃない」
そう言い切ったマーリンの言葉にまた涙が溢れる。
それはずっと、カナメが一番に言われたかった言葉。
「返事は?」
「ーー本当に、いいの? わたしなんかが、こんな話を……」
この世は理不尽だ。
本気でそう思っていた。
救いの光が差し込むことはないと。
もう諦めていた。
暗闇に取り残されていたカナメにいま、小さな手が差しのべられて。
『カナメ』
先の夢で聞いた、父の声が蘇る。
『自分を大切にしてくれ』
自然と、小さな手を握り締めたカナメ。
目を瞑って嗚咽を漏らし、まるで救いの光を取りこぼさないように、少年の手を泣き止むまで握り締めていた。




