4ー3
月明かりが通る森の中、オリヴィエを抱えて走るカナメ。
枝を踏む音、掻き分ける草木、背後から近付いてくる足音。危機迫るこの状況下で「オリヴィエさん」と普段通りの声で彼女は名前を呼ぶ。
「怪我とかないですか?」
追われる身でありながら心配そうに顔を覗きこむカナメ。先程と変わらない柔らかい雰囲気。焦りの見えない余裕がある態度にオリヴィエは安心感を覚えると同時に、申し訳ない気持ちが強く込み上げてくる。
「……ああ、おかげ様で助かった。どうしてここが?」
「オリヴィエさんと別れたあと、マーリンがずっと気にしてたんですよ。普通の術師とは違う奴等がこっちを見てたって」
「……マーリンの忠告。教団の術師だと思っていたが、あいつらの事だったのか」
会話が止まる。
二人の真横を、何かが通り過ぎた。
息を呑むオリヴィエ。一瞬だけ目にしたそれは人ではなくモノ。前方の樹に大きな穴を穿つそれは、槍の形をしていた。
「わざと外した」
進路を塞ぐように音をたてて樹が目の前で倒れていく。
背後の男はもうすぐそこまで来ていた。
「次はない」
はっきりとした殺意を前に心臓が高鳴る。
いつ死んでもいいと覚悟していた筈だ、それなのに、何故。
いや、自身の感情なんてどうでもいいと一蹴するオリヴィエ。自分の所為で二人を危険に巻き込んでいる。
「カナメ、私を置いて逃げろ」
足が恐怖で竦んだのだろうか、カナメは立ち止まっていた。
いまからでも間に合うかもしれない。
自身の命を差し出す代わりに二人は見逃してくれと。
「これ以上、巻き込みたくない。頼むから」
「そうだぜ、嬢ちゃん」
リックがオリヴィエの言葉に同調する。
「死にたくないならさっさと、」
「あなたは黙って」
冷たく言い放つその言葉には確かな怒りが滲んでいた。
カナメがオリヴィエをゆっくりと降ろす。
「少しだけ離れててください、オリヴィエさん。安心してください、絶対に守りますから」
「何を言ってるんだカナメ……私はもう、死んでもいいんだ。言っただろう? 私は一回死のうと、」
「でも、生きようとしてました」
カナメがオリヴィエの懐に手を伸ばす。
ついさっき、リックを前に取り出そうとしていたオリヴィエの魔道具が服越しに触れられる。
「死にたいなんて嘘。……前は本当にそう思ってたのかもしれない。でも、いまは違う。生きようと抵抗してた」
「カナメ……」
「大丈夫です。こんな理不尽、わたしが斬りますから」
にっこりと笑うカナメに、オリヴィエの涙腺がゆるむ。
人に言われてやっと気付くことができたオリヴィエ。
私は死にたくなかったのだと。
この世界で生きていたかったのだと、自身の本当の気持ちを知る。




