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この世はどこまでも理不尽だ。
救いの光が差すことはなく。
わたしはずっと暗闇にいる。
森に囲まれた小さな村で、カナメは幼少の頃から魔術に触れて育ってきた。四人家族の中で父とカナメには魔力があったが母と妹にはない。
「パパとお姉ちゃんだけずるい」
「そうだ。パパとカナメはずるいんだぞー」
「ずるいずるいずるい!」
妹のサリアと父の遣り取りを見て笑う母とカナメ。
魔術を使える人間は稀少で村の誰もが父ばかりを頼りにする。そんな、頼られては期待に応える父にカナメは憧れを抱き、いつか父のような人間になりたいと当人の前で話をしたことがある。
「カナメ」
いつも明るい雰囲気を纏った父が真剣な表情でカナメを見る。その変わりように彼女は少し驚く。
「カナメには色々な道がある。魔術が使えるからといって魔物退治なんてしなくていいんだ」
カナメには傷付いてほしくないと父はそう言ったが彼女はあまり納得していなかった。
建築に携わっている父が遠征するとき、移動の途中で魔物に襲われることがある。それだけならきっと父の負担にはならない。
父と村の大人達は魔物達がよりつかないよう空いた時間に森の様子を見に行っていた。当然、魔物と遭遇することも少なくない。日に日に父の体には痛々しい傷が刻まれていく。
お父さんだって傷付いてるのに。
カナメはその言葉を呑み込んで父の話を黙って聞いていた。
その話をした数日後。
カナメの父は魔物に殺された。
「噂通り、素晴らしい腕をしていますね」
森の中、魔物の死骸に囲まれた中で立ち尽くすカナメに声が掛けられる。
「誰」
ローブで見えない顔。体格からして女性だとカナメは判断していた。人間だからといってカナメは警戒を一切解いていない。魔物の血で汚れた短刀を握り締める。
「私はただの使いです。我が主のためにその力をお借りしたい」
「他をあたれば」
「お金が必要なのでしょう?」
その言葉に一瞬、肩を震わせる。
「貴女のことは調べています。病に倒れた母のために魔物を殺し回り、治療のために必要なお金を稼いでいるのでしょう? 」
黙って聞いているカナメに使いは淡々と言葉を紡ぐ。
「それでもいまの稼ぎでは間に合わない。そこでどうでしょう? 我が主のために、」
「ねえ」
使いを遮るカナメの一言は、殺意の念がその目と同様に籠められていた。
「ひとの事情に首をつっこんで楽しい?」
固唾を飲む使い。短刀の鋒は死骸に向けられたままだというのに首に刃が触れているかのような錯覚に陥っていた。僅かな間をおいて、己が使命を果たすべく使いは恐怖を振り払う。
「気に障ったのなら謝ります。ですがこれは貴女にとって決して悪い話ではない筈です」
使いが報酬を話す。
前払いがあること。
そして、成功報酬は治療の全額を負担すること。
「全額?」
何を言ってるんだこいつは。
母は普通の病気ではない。難病だ。父を亡くしてから明らかに体調が悪くなっていった。町医者も長くないと宣告するほどに。
「嘘でしょ」と小さな声でカナメは呟いていた。
毅然とした態度が崩れつつあることを使いは見逃さない。
「嘘ではありませんよ。前払いもここでお渡しします。勿論、失敗したとしても返さなくて大丈夫です」
都合の良い話だけが進められる。
カナメはこの世界を知っている。
どこまでも理不尽で救いがないことを。
肝心の話をまだ聞いていない。
「依頼の内容は?」
カナメの反応に使いの口元が歪む。
「魔術師を一人、殺してほしいのです」




