2ー8
魔術が発動できなくて、教団を辞めろとまで言われて、そして最期にはひとりぼっち。それでもーーかつて兄の前で誓ったことを思い出す。
ここで死ぬと分かっていても。
この道を選んだことだけは絶対に後悔したくない。
「すぅー」
骸龍が油断している隙に息を整える。
ゆっくりと体勢を立て直す。
イメージするのは暗闇の中で揺らめく炎。
丁寧に術式を脳内で組み立てる。
祈りはしない。
誰も助けには来ない。
もう失敗はできない。
震える右の五指を地面に突き刺し魔力を流す。
「ーーおいで、狐狐!」
脳内で描かれた法陣が地面に映し出され、そこから出てきたのは狐を象った二匹の焔。顕現がうまくいったことに安心感はない、この化物を殺せる手札がいまのヒバナにはないからだ。狙いは逃げるための時間稼ぎ、その一点のみ。
指先を骸龍に向ける。
「行け!」
術者の意に従い炎の狐が空を駆ける。二匹が向かう先は両の眼窩。結果を待たずして、ヒバナは骸龍に背を向けて走り出した。
走っている最中も狐狐の術式を脳内で組み立てる。そして、骸龍の咆哮がアメリア平原に響き渡った直後、背後から迫ってきているのが振り返らずとも分かった。即座に屈み、前方の地面へ掌を置いたヒバナ。座ったまま振り返り、召喚した狐狐に再び「行け」と命令を下す。
そうして直撃の手前で開かれた大口。
その鋭い牙が狐狐を喰らい魔術を無に帰す。
何事もなかったかのように骸龍が咆哮したとき、ヒバナの動きは完全に止まった。高位の魔物であればあるほど魔術に耐性がある。そんなことは分かっていた、だがここまで無意味なものだとは思っていなかった。
術式を組み立てることも、声を発することも、足が動くことも。折れてしまった心では何一つできない。
できることはやった。
ただ力が足りなかっただけだ。
目の前に迫った骸龍の口が大きく開かれる。
死にたくない。
受け入れ難い現実にヒバナは目を閉じーー
「風斬」
どこか幼い声が、ヒバナの背後から聞こえた。
「え?」
閉じていた目を開ける。
鋭い牙がヒバナの目と鼻の先に迫っていて、口を開けたまま動きを止めていた。そして、骨の貌、その真ん中に縦の線が入った次の瞬間、骸龍の身体が頭から尾の先まで真っ二つに裂かれる。




