エピローグ
春の柔らかな陽射しが降り注ぐ中、渉は大学のキャンパスを歩いていた。
渉が休学から復帰して休学明けで新学期が始まり、新たな講義や課題に追われる日々は忙しいが、充実感に満ちていた。
教室では、教育学についての議論に熱心に耳を傾け、時には教授とも活発に意見を交わす。
渉のノートは講義内容や自分の考えでびっしりと埋め尽くされており、その姿にはかつての迷いや戸惑いは感じられない。
そんな渉を見つめる周囲の視線も、最初はどこか特別だった。
「ねえ、あの人って……あの会見に出てた人だよね?」
「高宮裕奈のマネージャー補佐だった、久住って……あの人?」
「えっ、本物?」
休学明け、大学に戻った直後はそんな声をかけられることもあった。
知らない学生たちが好奇の視線を送ったり、遠巻きに話題にしたり話しかけたりすることも少なくなかった。
だが、時間が経つにつれてその熱も徐々に冷めていった。
「……ああ、そういえばあったな、そんな話。」
「最近は普通に授業出てるしな。なんかもう、普通じゃない?」
人々の関心は次第に新しい話題へと移り変わり、渉は「裕奈の隣にいた人物」から、大学で学ぶただの一学生として日常に溶け込んでいった。
一方、裕奈は芸能界での仕事がますます順調だった。
映画やドラマ、CMと多忙を極める日々。
しかし、その演技には以前にも増して力強さと深みがあった。
それは、渉との時間を通じて得た確かな支えと、自身の決意の表れだった。
かつての裕奈は、誰も信じず、誰にも頼らない孤高の存在として周囲を寄せ付けない雰囲気をまとっていた。
しかし、今は違った。
撮影現場では共演者やスタッフから信頼され、気づけば裕奈の周りには自然と人が集まっていた。
「高宮さん、お昼一緒にどうですか?」
「このシーン、どう演じたらいいか相談してもいい?」
男女問わず声をかけられ、裕奈自身もそれを自然に受け入れていた。
以前なら決して見せなかった穏やかな表情や、時折見せる笑顔に、周囲はますます彼女を信頼していった。
交際は秘密にしていたが、渉の存在が裕奈の心に確かな余裕を生み、それが人との距離を縮めていたのだ。
誰も信じなかった少女が、自分を支えてくれる人々を信じ、仲間と共に歩むようになった。
そうして、裕奈の演技はますます人々の心を打ち、その名声は不動のものとなっていった。
そんな裕奈が記者から「恋愛について」の質問を受けたのは、あるインタビューの場でだった。
「国民的女優の高宮裕奈さん。恋愛の噂が前に少しありましたが、それも誤解でしたし殆どないですよね。どのようにお考えですか?」
その質問に、裕奈は一瞬だけ間を置いたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべて答えた。
「国民的女優なんて言われるのが、面映ゆいですが・・・。恋愛は人間として大切なものだと思います。でも、私の恋愛が注目されることで誰かを傷つけたり、仕事に支障をきたすことは避けたい。そう思って慎重にしています。」
少しだけ笑みを深めて、さらに言葉を続ける。
「ただ……もし、それでも誰かと一緒にいることを選んだときは、きっとそれは結婚を考える時なんじゃないかなって思っています。」
その堂々たる態度に、会場は一瞬静まり返った。
しかし、裕奈が柔らかく肩をすくめるように笑うと、場の空気が和らいだ。
「なんて、冗談ですけどね。」
その言葉に、記者たちからは安堵したような笑い声が漏れた。
「でも、もし、そういう日が来たら……そのときはちゃんとお話します。」
冗談めかしつつも、どこか本心を感じさせるその言葉に、記者たちは微笑みながらも何かを察するような視線を交わしていた。
裕奈は撮影現場の休憩中に渉へメッセージを送った。
「さっきちょっと恋愛のこと聞かれたけど、私、遠回しに言っちゃった。バレたら結婚するって!」と書かれたメッセージに渉は吹き出してしまう。
「本当にお前らしいな…」
渉はそのメッセージを見ながら、初めて裕奈と出会った頃のことを思い出した。
孤独で俯きがちだった少女が、今ではこんなにも自信に溢れた大人の女性になった。
渉と裕奈は、自分の中で互いがどれほど大きな存在であるかを再確認していた。
互いの支えがなければ今の自分はなかったし、これからの自分にも必要だと心から思っている。
渉は大学生活を再開すると同時に一人暮らしを始めていた。
小さなアパートの部屋は質素だが、彼にとっては大切な学びの場でもあり、成長の場でもある。
その夜、渉のアパートに裕奈が訪れていた。
玄関を開けた渉は、少し疲れた様子の裕奈を迎え入れ、笑顔を浮かべる。
「忙しいのに無理して来なくても良かったのに。」
「渉の顔を見ないと元気出ないの。」
そう言いながら、裕奈は荷物を置き、部屋に入り込む。
渉が用意した簡単な食事を二人で囲むと、裕奈は嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、渉。この間の映画の撮影で監督に褒められたの。『あなたの演技は更に深みが出た』って。」
「それはすごいな。裕奈が努力してるからだよ。」
「ううん、渉が私のそばにいてくれるから。渉がいなかったら、きっとここまでこれなかった。」
食事を終えた後、二人はソファに並んで座り、窓の外の街灯りを眺めていた。
裕奈がふと渉の肩に頭を預ける。
「ねえ、渉。これからもずっと、こうして隣にいてくれる?」
「もちろん。裕奈が輝き続ける限り、俺もその隣で一緒に輝きたい。」
「一緒にもっと輝こうね。」
二人はそっと微笑み合い、互いの手を握った。
その手の温もりは、これからの未来を約束するかのように強く繋がっていた。
外の夜空には星が瞬き、二人を優しく見守るように輝いていた。
その光の中で、二人は新たな一歩を踏み出した。
こうして、渉と裕奈はそれぞれの道で努力しながらも、支え合い、一緒に輝く未来を目指して進んでいく。
二人の輝きはこれからも消えることなく続いていくのだった。
これでこの物語は終わりとなります。
読んでくださった方々、また、評価やブックマークして頂いた方々、本当にありがとうございました。




