二人で輝くとき編6(最終日)
渉は紗良のマネージャーとしての仕事を全力でこなしていた。
大学に戻ると決めた後も、「最後まで責任を持って彼女を支える」と心に決めていた。
現場には、新しいマネージャーの浅見が既に同行しており、渉は彼に引き継ぎを進めながら、最後の日まで全力を尽くしていた。
「渉さん、今日のスケジュールはこんな感じですか?」
紗良が手に持ったスケジュール表を確認しながら渉に尋ねる。
「ええ。ただ、現場で少し時間の変更があるかもしれません。浅見さんも確認お願いします。」
「了解です、久住さん。順調な引き継ぎを心がけます。」
浅見が穏やかに答える横で、紗良は少し視線を落とした。
「……分かりました!今日もよろしくお願いします!」
笑顔で答えた紗良だったが、その表情にはどこか寂しさが見え隠れしていた。
渉がいなくなる日が近いことを、紗良は意識しているのだろう。
渉はその気持ちに気づいていたが、あえて何も言わず、淡々とサポートを続けた。
リハーサル中。
渉は浅見に向けて細かいアドバイスを送りつつ、紗良の強みを引き出すよう心掛けた。
「このシーン、紗良さんの表情の変化が重要です。浅見さん、撮影前は必ずリラックスさせてあげてください。」
「はい、理解しました。」
現場での緊張感が高まる中でも、紗良のリーダーとしての成長が明確に感じられた。
浅見もその変化に気づき、しっかりとした目で紗良を見つめていた。
撮影後の控室で紗良が静かに声をかけた。
「渉さん…。私…ここまで来られたのは、渉さんのおかげです。」
「それは違いますよ。紗良さん自身の努力の結果です。」
渉が笑いながら答えると、紗良は首を振った。
「もちろん、自分でも頑張ったけど…渉さんがいてくれたから、迷わずに進めました。」
一瞬、浅見がその様子を見守るように目を伏せた。
渉は少しだけ視線を紗良に向け、穏やかに笑った。
「最後の日まで、僕は全力でサポートします。それが僕にできる精一杯の仕事ですから。でも、これからは浅見さんがいます。彼なら、きっと僕以上に支えてくれますよ。」
浅見も一歩前に出て、紗良に向き直った。
「久住さんのようにできるかは分かりませんが、全力でサポートします。よろしくお願いします。」
「……はい!」
紗良は、今度こそ笑顔で答えた。
リハーサルでは紗良に対し、具体的なアドバイスを送りながら、彼女の強みを引き出すよう心掛けた。
現場での緊張感が高まる中でも、紗良のリーダーとしての成長を感じる場面が増えていった。
渉は最後の最後まで手を抜かず、紗良のマネージャーとしての役割を全うした。
そして紗良はその間に、大きく成長していったのだった。
渉の最終日が、いよいよ近づいていた。
☆
事務所内は、いつもと変わらない日常の空気が流れていた。
しかし、渉にとっては特別な日だった。
彼が事務所を去る日――紗良のマネージャーとしての最後の日だ。
渉は朝から紗良のスケジュールを確認し、いつもと同じように彼女を迎えに行った。
「おはようございます、渉さん。」
紗良は笑顔で車に乗り込んだが、その表情にはどこか寂しさがにじんでいた。
渉もそれを察したが、何も言わずに車を発進させた。
紗良の撮影現場では、渉は最後まで徹底して動いた。
彼女の準備を確認し、細かな指導を行い、スタッフたちとの調整にも全力で取り組んだ。
その真剣な姿を見た紗良は、彼が本当に自分のために尽くしてくれたことを改めて実感した。
撮影現場での全スケジュールが終わったあと、スタッフが解散していく中で、渉は静かに浅見に最後の引き継ぎを終えた。
「これで、すべて引き継ぎ完了です。」
「久住さん、お疲れさまでした。」
「こちらこそ、あとは宜しくお願いします。」
撮影が終わり、渉と紗良が事務所に戻ると、紗良は車から降りずに渉を呼び止めた。
「渉さん。」
彼女はいつになく真剣な表情で渉を見つめた。
「今日で最後なんですよね。渉さんが、私のマネージャーをしてくれるのは。」
「ええ、そうですね。」
渉が静かに答えると、紗良は少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「渉さん、本当にありがとうございました。渉さんがいなかったら、私はここまで成長できなかったと思います。」
渉は彼女の真剣な言葉にうなずいた。
「僕も紗良さんから多くを学ばせてもらいました。リーダーとしての責任感や、ひたむきに努力する姿勢。紗良さんの成長を見るたびに、自分の仕事に誇りを持つことができました。」
紗良は微笑んだが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「渉さんがいなくなっても、私はもっと成長してみせます。そして、いつか渉さんを見返してやりますからね。」
その言葉に渉は少し笑みを浮かべ、力強く答えた。
「それは楽しみですね。僕も紗良さんのこれからをずっと応援しています。」
二人は静かに手を握り合い、言葉を交わさない時間が流れた。
そして紗良は涙を堪えながら微笑み、車を降りた。
そして、最後にもう一度振り向き、「渉さん、今日まで本当にありがとう。」と言って去っていった。
渉は静かに頷き、それ以上何も言わなかった。
その後、渉は事務所のスタッフ一人一人に挨拶をし、松永社長の元へ向かった。
最後の報告を済ませるためだ。
☆
松永は応接室で彼を迎えた。
その眼差しは、厳しさの中にどこか安堵を含んでいた。渉がここでどれだけの経験を積み、どれほど成長したか、それを確かめるような視線だった。
「久住、よくここまでやりきったな。」
松永の言葉に、渉はまっすぐに目を見据えたまま深く頭を下げた。
「ありがとうございます。ここで学んだことを、これからの人生に活かしていきたいと思います。」
松永は軽くうなずき、ゆっくりと立ち上がる。そして、渉の肩を軽く叩いた。
「これからの道も簡単なものじゃないだろうが、お前ならやれる。自分を信じて進め。」
渉は一瞬目を伏せたあと、しっかりと顔を上げる。
「俺は……裕奈を支え続けます。彼女がどんな道を選んでも、どんな困難にぶつかっても、俺なりのやり方で、人生を懸けて彼女を守る。それが、俺の選んだ道です。」
その言葉に、松永の表情が一瞬だけ揺れた。
——「俺は、沙織を守れなかった。」
ふと、遠い昔の記憶がよみがえる。
若かった頃、全力で愛し、全力で守ろうとした女優・沙織。
しかし、結果として彼女は芸能界を去り、自分たちの道は分かたれた。
どれだけ悔やんでも、あの時の選択を変えることはできない。
だが——目の前にいる若者は違う。
渉の目には迷いがない。
自分の決断に対する確固たる覚悟がある。
そして、彼が支えようとしている裕奈もまた、強く生きる道を選んだ。
松永は微かに目を細める。
「……そうか。だったら、お前の覚悟、最後まで貫け。」
「はい。」
松永は短く息を吐き、渉に背を向けて窓の外を見やる。
「……沙織も、こんな風に誰かと歩む未来があったのかもしれないな。」
独り言のような呟きだったが、渉の耳にはしっかりと届いていた。
松永はもう一度渉を振り返る。
「久住、お前はもう子供じゃない。俺が何かを言わずとも、自分の足で立ち、選んだ道を歩める大人だ。……だが、一つだけ覚えておけ。」
渉は静かに松永の言葉を待った。
「人を支えるっていうのは、ただ相手のそばにいることじゃない。時には突き放し、時にはぶつかり合い、それでも共に歩み続けることだ。……簡単じゃないぞ。」
「分かっています。」
渉の返答に、松永は満足そうに口角を上げる。
「だったら、行け。」
渉は深く頭を下げ、静かに部屋を後にした。
松永はその背中を見送りながら、ふっと小さく笑う。
「……お前なら、きっと大丈夫だろうな。」
そう呟いた声には、かつて沙織を守れなかった自分への悔いと、渉と裕奈へのわずかな希望が滲んでいた。
その日の夕方、事務所を出た渉は最後に振り返り、一礼をすると、静かに言葉をつぶやいた。
「これが、俺の新たなスタートだ。」
そして、彼は自分の決めた道を進むため、歩き出した。




