二人で輝くとき編3(ありがとう)
翌日、事務所の会議室。
松永はデスクに座り、腕を組みながら渉を見据えていた。
3日前と変わらぬ厳しい眼差し。
しかし、その奥には、彼がどんな答えを持ってくるのかを見極めようとする期待があった。
渉は深く息を吸い、真っ直ぐに松永を見つめた。
「俺は、裕奈のそばにいます。」
その言葉に、松永の眉がわずかに動く。
「……続けろ。」
渉は拳を握りしめ、覚悟を込めて言葉を紡いだ。
「俺は彼女を守りたい。でも、それは“彼女を表舞台から遠ざける”ことじゃない。裕奈は、どんな困難があっても前に進める人です。俺はその隣で、彼女が信じた道を一緒に歩きます。」
松永は無言のまま、じっと渉を見つめた。
「確かに、俺は芸能界のことなんて何も分かっていなかった。けど、昨日親友に言われたんです。『守るとか資格とか、そんなことはどうでもいい。大事なのは、覚悟を持つことだ』って。」
渉は一度息を吐き、力強く続けた。
「俺は迷いません。裕奈を支えます。何があっても、彼女の隣にいると決めました。」
松永の視線が鋭さを増した。
「本当に“何があっても”か?」
「はい。」
松永の視線が鋭さを増した。
「もし、これから先、裕奈がバッシングを受けてもか?」
「俺が側にいることで、裕奈が批判されることもあるでしょう。でも、それで離れる理由にはなりません。」
「お前がいることで、裕奈の仕事に影響が出るかもしれないぞ?」
「それでも、俺は彼女のそばにいます。マネージャーじゃなくても、ただの一人の人間として。」
松永は渉を試すように問い続けた。
しかし、渉の覚悟は揺るがなかった。
「……前回は、中途半端な覚悟なら今すぐ裕奈の前から消えろと言われました。でも、俺はもう逃げません。」
渉は強い眼差しを松永に向けた。
「彼女と一緒に、この状況を乗り越えます。」
松永はしばらく沈黙した後、ふっと息を吐いた。
「……ようやく、少しは見込みが出てきたな。」
その言葉に、渉は僅かに肩の力を抜いた。
「だが、お前の覚悟がどこまで通用するかは、これからの行動次第だ。」
松永はゆっくりと立ち上がり、渉を見下ろすようにして言った。
「今日の記者会見、しっかりと見せてもらうぞ。」
渉は深く頷く。
「はい。」
松永は一瞬だけ口元を緩めると、再び鋭い表情に戻った。
「覚悟を示すのは言葉じゃない。行動で示せ。」
「分かっています。」
渉の声には、もはや迷いはなかった。
☆
記者たちで埋め尽くされた会場。
無数のカメラのフラッシュが飛び交い、鋭い視線が二人を射抜いていた。
その中で、裕奈と渉はゆっくりと壇上に上がった。
裕奈は端正なスーツに身を包み、背筋を伸ばして歩いている。
その隣で、渉もスーツ姿で緊張を隠しながらも毅然とした表情を見せていた。
二人が壇上に立つと、会場は一瞬静まり返った。
裕奈は気丈な表情を崩さず、深く一礼するとマイクに向かってはっきりと話し始めた。
「まず、この度の報道により多くの方にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。そして、この場をお借りして、真実をお伝えしたいと思います。」
その言葉に会場は一瞬静まり返る。
その後、記者たちのペンが一斉に動き始めた。
「まず、渉さんとの交際についてですが――その事実はありません。」
記者たちの視線が鋭くなる。だが裕奈は動じなかった。
「久住さんは、私にとって特別な存在です。でも、それは恋愛感情という形ではありません。久住さんは、私が迷った時、苦しい時、いつも手を差し伸べてくれた人です。今回報道された時も、私が挫けないようにと励ましてくれたものです。」
裕奈の隣に立つ渉は、記者たちの視線を感じながらも、彼女の力強い言葉に背中を押されるような感覚を覚えていた。
そして、自分も話すべきだと覚悟を決め、マイクを取った。
「今回の件で誤解を招いたこと、本当に申し訳ありません。ですが、誤解だけは解かせてください。僕は、高宮さんにとって少しでも力になりたいと思い、そばに居て支えてきました。ですが、それ以外の意図はありません。」
渉は言葉を続けながら、裕奈の横顔をそっと見つめた。
今ここで、記者たちの前で堂々と話している彼女の姿――それは、いつだって彼が見上げてきた、そして心の中で追いかけてきた存在そのものだった。
フラッシュが焚かれ、鋭い質問が飛ぶ。
しかし、裕奈は少しも怯まず、静かに言葉を紡ぐ。その姿に渉は、改めて彼女の強さを感じていた。
そして、それを支えてきたのが自分であることを誇りに思うと同時に、彼女がいなければ今の自分もなかったのだと痛感する。
二人の心には、言葉にはしない感情が溢れていた。
(貴方がいたから、ここまで頑張れた。)
裕奈は、初めて渉と出会った小学校時代のことを思い出していた。
自分に「一緒にサッカーやろう」と笑いかけてくれた少年の優しさ。
その言葉が、どれだけ心を温めてくれたか。
いじめられて独りぼっちで孤立していた時、あの一言がどれほどの救いになったか。
(貴方が隣にいてくれたから、辛い時にも踏ん張ることができた。)
芸能界に入ったばかりの頃、不安に押しつぶされそうになった日々。
母と二人、東京で暮らしながら、厳しいレッスンに耐えていたあの頃。
そんな時、心の支えになっていたのは、渉と交わした約束だった。
(皆が知ってる様な凄い人になって輝く。)
何気ない、幼い約束だった。
でも、それがあったから、どんなに苦しくても頑張れた。いつか、渉に胸を張って再会できるように。
(君がいたから、俺は俺でいられた。)
渉もまた、裕奈と過ごした日々を思い返していた。
サッカー部のエースとして期待されていた高校時代、そして怪我で挫折し、夢を見失って失意にくれた大学時代。
ーーでも、彼女は、一人で芸能界という世界を戦っていた。諦めることなく、前に進み続けていた。
(俺だけが立ち止まってちゃ、ダメだろ。)
裕奈の姿に励まされ、彼はまた歩き出した。
自分にできることは何かを考え、裕奈の支えになれるよう、マネージャー補佐として彼女を支える道を選んだ。時には心が離れることもあった。
けど、自分が輝く道も見つけられた。
ーーそして今、ここまで共に歩んできた。
(ありがとう、裕奈。)
(ありがとう、渉。)
二人の間には、目には見えない感謝と恋慕の感情が流れていた。
それは決して言葉にはできないが、確かにお互いの胸の奥で輝きを放っていた。
「私たちは、お互いの立場でこれからも前に進みます。そして、仕事に誠実に向き合うことで、今回の問題に応えていきます。」
裕奈の言葉が会場を包み込むように響いた。
その表情には、一切の迷いもなかった。
渉は、そっと小さく息を吐いた。
彼女の隣に立てていることが、何よりも誇らしかった。
そして、それがどれほど幸せなことかを改めて噛みしめていた。
(これからも、ずっと君を支えていく。)
裕奈もまた、目の前の記者たちではなく、渉の存在を感じながら強く思う。
(私が輝けるのは、貴方がいるから。)
二人の心は、言葉にしなくても、確かに通じ合っていた。
その後、記者からの質問がいくつか飛び交ったが、二人は落ち着いて応じた。
お互いの存在を確認し合うように、目を合わせながら――そしてその目には、「ありがとう」という思いが宿っていた。
やがて会見が終わり、二人は控室に戻った。
ドアが閉まると、二人はほっと息をつき、裕奈が微笑んで言った。
「渉、本当にありがとう。あなたがいてくれたから、ここまで話せた。」
渉は少し照れくさそうに微笑んだ。
「俺こそ……裕奈が強くいてくれたから、こうして立っていられる。」
その瞬間、二人の間にあった一瞬の沈黙。
それはこれまでの感謝と信頼を確認し合うような、温かい静けさだった。
「これからも、二人で乗り越えていこうね。」
裕奈のその言葉に、渉は力強く頷いた。
二人で辿ってきた道、そしてこれから進む未来――その全てに、確かな絆が宿っていることを二人は感じていた。




