間章4:小沢大輝
小沢大輝は、地方の進学校がある町で育った。
両親はともに医師で、家は代々医師を輩出してきた医学一家。
両親は当然のように大輝にも医師の道を期待していたが、大輝自身は幼い頃から「普通」や「安定した道」に全く興味を持たなかった。
両親が薦める医師の道を真っ向から否定するわけではないが、「面白いと思うことをする」ことが彼の原動力だった。
幼少期から理数系の才能を発揮し、小学校の自由研究では常に学校代表に選ばれていた。
しかし、彼にとってそれは「特別なこと」ではなく、「楽しいからやっているだけ」という感覚にすぎなかった。
周囲の同級生が塾に通う中、彼は独学で自分の興味を深め、必要な知識をその都度吸収していった。
地元の進学校に進学すると、彼の才能はさらに際立つ。
物理オリンピックや科学コンテストに出場し、上位入賞を果たした。
教師たちからは「もっと高みを目指せ」と言われ続けたが、大輝はそのたびにこう返した。
「僕が行きたいのは“高み”じゃなくて、“自分が面白いと思う場所”です。」
進学校特有の競争の激しい雰囲気を「面倒くさい」と思い、クラスの中では一歩引いた立ち位置にいたが、友人関係は意外と良好だった。
彼の皮肉屋な態度も、「正論を突くからこそ許されるもの」として周囲に受け入れられていた。
友人たちからは「何だかんだ言って頼れる奴」と認められていた。
進学校の教室で競争心むき出しのクラスメイトたちの声が飛び交う中、大輝は窓際の席に座り、退屈そうに外を眺めていた。
「小沢、お前も医学部狙いだろ?成績良いし、親が医者なんだしさ。」
誰かの何気ない一言に、大輝は肩をすくめて笑った。
「別に。親の期待に応えるために生きてるわけじゃないし。面白くもないことに人生使いたくないんだよね。」
その言葉には棘があった。
そう言い切る大輝の表情もどこか冷めていて、周囲の誰も反論できなかった。
(兄貴もそうだ。親の言う通りに生きて、結局“普通”の医者になろうとしてるだけ。)
医学一家の両親は、大輝が当然医学部に進学するものだと信じて疑わなかった。
3歳上の兄も両親の期待通りに医師の道を歩んでおり、「親のロボット」とまで感じていた大輝は、そんな兄にも強い反発心を抱いていた。
兄もまた、大輝の選択を「わざわざ遠回りする愚かなやつ」と見下しており、兄弟仲は決して良好ではなかった。
結果的に、大輝が選んだのは医学ではなく物理学だった。
「面白いと思うことをする」――それが彼にとって何よりも大事なことだった。幼少期から理数系の才能を発揮し、小学校の自由研究では常に学校代表に選ばれていたが、大輝にとってそれは「特別なこと」ではなく、単に「楽しいからやっているだけ」という感覚にすぎなかった。
両親の強い反対を受け、激しい口論の末、彼は家を飛び出す。
そして、奨学金の返済免除があることを理由に、渉が在籍する大学の理工学部に進学した。
渉の大学には、将来有望な理工系人材を育成するための特待生制度があった。
授業料は全額免除、さらに生活費相当の給付金も支給される。
学業成績の維持が条件だったが、大輝にとっては取るに足らないハードルだった。
「金銭的負担をかける理由が減るなら、両親も文句を言わないだろう。」
大学では優れた研究環境や教授陣に囲まれながらも、彼の関心は「今すぐに役立つこと」や「自分が面白いと感じるテーマ」に向けられていた。
大学のカリキュラムには必要最低限しか参加せず、自分で設定した課題を黙々とこなしていた。
そこで出会ったのが久住渉だった。
両親や兄から「こうあるべき」と期待され続けてきた大輝にとって、渉の存在は不思議な心地よさをもたらした。
渉は大輝に何かを強制することもなく、「こうするべきだ」という型にはめようともしない。
ただ、大輝という人間をそのまま受け入れ、隣にいる。
「お前、何も言わないんだな。」
ある日の帰り道、大輝は渉にそんな言葉を投げた。
「別に言うことないしな。お前はお前でいいだろ?」
渉は肩をすくめて笑う。
その素っ気ない言葉に、大輝はふっと口元を緩めた。
誰かに期待され、型にはめられることを嫌ってきた大輝にとって、渉の「何も押し付けてこない距離感」は心地よかった。
渉は不器用で、時にどこか甘いところもあったが、その「甘さ」すらも大輝にとっては嫌なものではなかった。
渉に対しては、その「甘さ」に対して、時折皮肉を言うこともある。
「お前、本当に甘ちゃんだな。でも、まあ……その甘さも悪くないけどな。」
冷静で理屈っぽい大輝だが、渉の愚直な真面目さや優しさを完全には否定していない。
むしろ、自分にはないその「甘さ」をどこか羨ましく思っている節もある。
そんな彼が5歳上の彼女と出会ったのは、2年生の時に参加した学会だった。
講師として登壇した彼女は、明晰な頭脳と情熱的なプレゼンテーションで会場を魅了していた。
小沢は彼女の講義が終わるとすぐに声をかけ、「質問があるんですが」と言って会話を始めた。
その内容は学問的なものではなく、講義のテーマを日常生活にどう応用するかという実践的な内容で、彼女の興味を引きつけた。
それがきっかけで二人は連絡を取り合うようになり、いつの間にか交際に発展。
「口説いた」というより、「自然に気づいたら付き合っていた」という彼らしい進展だった。
大学4年生の時、小沢は彼女と結婚。
大学の同期や教授たちは驚いたが、小沢は「結婚なんてただの形式で、必要ならやればいいだけ」と飄々としていた。
彼にとって結婚は「好きな人と一緒にいるための最適解」に過ぎなかったのだ。
一方で、結婚後の彼は、研究成果を元にビジネスを立ち上げることを決意。
小沢にとって起業は「社会で自分のアイデアを実験する場」であり、そのための環境作りに全力を注いだ。
彼のアイデアはヒットし、卒業後には会社の経営に専念。若くして社長となり、企業を上場させるまでに至る。
卒業後、経営者として多忙な日々を送る小沢だが、渉との友情は変わらない。
「俺は世界を動かしてるけど、お前は人を動かしてるな」と皮肉交じりに言う一方で、渉の人間性や行動力を誰よりも信じている。
渉の存在は、大輝にとって「自分とは違う視点で世界を見る力」を与えてくれる貴重な存在であり続けている。




