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大学生編1(孤独)

大学に入学した渉は、穏やかながらもどこか孤独を感じる日々を送っていた。

教育学部の授業は興味深く、学ぶほどに「人を教える」ということの奥深さを感じた。


しかし、それでも心のどこかには満たされない感覚が残っていた。

彼は過去の夢を封じ込めるようにして、日々の勉強やアルバイトに没頭した。


それでも時折、ふとした瞬間に裕奈の顔が頭をよぎることがあった。テレビで見る彼女の輝く姿。

そのたびに、渉はすぐにチャンネルを変えたり、視線を逸らしたりした。


「今の俺には、関係のないことだ。」


そう言い聞かせるように、渉は目の前の課題に集中するのだった。


だが、どんなに過去を忘れようとしても、心の奥底で眠っている「輝きたい」という想いは、完全に消えることはなかった。




高校を卒業してから数年が経ち、裕奈は今や「国民的女優」としての地位を確立していた。

ドラマ、映画、CM、舞台と、彼女のスケジュールは埋め尽くされ、どこに行ってもその名が知られている存在となった。世間は彼女の輝きを称賛し、華やかな舞台に立つ彼女の姿を「完璧」と形容した。


しかし、そんな光が強ければ強いほど、陰も深くなる。


プロデューサーやディレクターからの露骨な誘いは日常茶飯事だった。

無言の圧力を伴った飲み会の誘いや、プライベートな時間を求める暗黙の期待。

女性共演者たちからは「完璧すぎて鼻につく」と皮肉られ、舞台裏での陰口も耐えなかった。


「裕奈さんって、本当なんでも持ってるよね。私たちとは違う世界の人。」


そんな言葉が褒め言葉ではないことを、彼女は痛いほど理解していた。

表面上は笑顔を浮かべながらも、心の奥では疲れ切っていた。


「いつまで、この世界でやっていけるんだろう…」


夜、一人の部屋でベッドに横たわり、天井を見つめる。

目を閉じても、次々と浮かぶ仕事の予定や、重圧に押しつぶされそうな感覚が消えることはなかった。


そんな時、ふと心をよぎるのは、中学生の頃に交わした約束だった。

「もっと輝いて、いつかまた会ったら、渉が私を見てすごいって思えるくらいに頑張る。」


あの日、涙ながらに別れを告げた渉の姿。


渉は今、どうしているのだろうか。彼も私と同じように頑張っているのだろうか。


「私、輝けてるのかな…?」


そう問いかけても、答えは出なかった。

裕奈は自分が輝いていると言われることには慣れていたが、それが自分にとっての「輝き」なのかどうか、確信が持てなかった。


「渉は、こんな私を見て、どう思うんだろう。」

心の中に浮かぶのは、無邪気に笑って自分を応援してくれた渉の笑顔だった。


疲れ果てた日々の中で、裕奈が唯一心を支えられるのは、渉とのあの約束を思い出す時だった。


「私、まだ負けない。もっと輝いてみせる…いつか、渉と再会するその時まで。」


そう心に誓いながら、裕奈はまた翌日の仕事へと向かうのだった。

しかし、次第にその誓いは、彼女の心に重くのしかかり始める。


「いつまで、この孤独に耐えられるんだろう…」


そんな不安が彼女の胸を少しずつ蝕んでいたことに、裕奈自身はまだ気づいていなかった。



︎☆



ある日の夕方、裕奈は撮影の合間にプロデューサーの樋口から呼び出された。


「裕奈ちゃん、今夜少しだけ時間があるかな?共演者たちと軽く飲み会をすることになってね。顔を出してほしいんだ。」

樋口の軽薄な笑顔に、裕奈は一瞬戸惑いながらも答えた。


「予定を確認してみます。佐藤さんに聞いて—」


その言葉を遮るように、樋口は急ぎ足で彼女を促した。

「佐藤さんにはもう話してあるから大丈夫。すぐ終わるから、ね?」


裕奈は違和感を覚えつつも、撮影現場での立場や空気を壊したくない気持ちが勝り、言われるまま樋口についていくことにした。


樋口に連れられ、裕奈が案内されたのは高級感のある個室のバーだった。飲み会という言葉とは裏腹に、他の共演者たちの姿はどこにもなかった。


「あれ、皆さんは…?」


問いかける裕奈に、樋口はにやりと笑った。

「少し遅れるみたいだよ。それまで君と話をしようと思って。」


裕奈の胸に、冷たいものが流れ込む。


「…そうですか。」


樋口は席につくなり、裕奈にグラスを手渡そうとした。

「ほら、リラックスして。」


裕奈は思わず立ち上がろうとしたが、樋口が腕を掴む。その手の強さに、裕奈の体は硬直した。


「そんなに怖がらないで。君のためを思ってやってるんだ。」

その言葉とは裏腹に、樋口の目は裕奈を品定めするようにじっと見つめていた。


裕奈が声を上げようとしたその瞬間、個室のドアが勢いよく開いた。


「裕奈!」

千鶴の鋭い声が響く。その後ろにはマネージャーの佐藤も控えていた。


「何をしているんですか、樋口さん!」

佐藤の非難の声に、樋口は一瞬怯んだように見えたが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。


「これは誤解だよ。ただ少し話をしていただけで—」


千鶴は一歩も引かず、樋口を睨みつける。

「娘に何かあれば、どんな手段を使ってでも訴えます。覚悟してください。」


樋口は苦笑しながら場を収めようとしたが、千鶴と佐藤に挟まれた形となり、最終的には渋々引き下がった。


裕奈は震える手で千鶴に掴まりながら、その場を後にした。


家に戻った裕奈は、部屋で一人になり、ようやく涙を流した。


「もう、信じられない…誰も…」


男性の厚意や言葉がすべて計算されたものに思えた。

これまでも何度か怖い目に遭いかけたことはあったが、ここまでの危機は初めてだった。


その夜、裕奈はふと中学生の頃を思い出した。渉と交わした約束。


「渉なら、きっとこんなことしない…。渉だけは…」


渉と別れてから、多くの人に出会った。しかし、その誰にも心を許すことができなかった。

裕奈の心には、渉への想いがますます深く刻み込まれていった。


「私は…渉がいないと、輝けないのかな…」


そう呟く声は、涙に滲んで消えていった。 

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