輝きを求めて編12(終・最大の試練)
裕奈は仕事終わりに住吉から1冊のノートを渡された。
手渡された瞬間、住吉の表情がどこか寂しげで、それだけで裕奈の胸はぎゅっと締めつけられた。
「久住くんが書いたものよ。しっかり読んで。」
そう言って住吉は何も言わず立ち去った。
裕奈は一人、自分の楽屋に戻り、静かにノートを開いた。
そこには、渉の丁寧な文字でびっしりと文章が書き込まれていた。
最初のページには、渉がこれまでの1年間で裕奈を支えながら感じたことが綴られていた。
「裕奈、君がどれだけ努力してきたか、誰よりも知っているつもりだ。」
「君の演技は、強さと繊細さが同居している。それが君の魅力だ。」
続くページには裕奈の成長と改善すべき点が細かく記録されていた。
「ここで君がつまずいたのは、心が疲れている証拠だ。」
「体調が悪いときほど無理をする癖がある。それが逆効果になる場面もあった。」
さらに、具体的な体調管理の方法や、精神的に追い詰められたときの対処法も記されていた。
「水分補給を怠らないこと。朝食を抜かないこと。これが君の体を支える基本。」
「気持ちが沈んだときは、一人で抱え込まない。周りに頼る勇気を持ってほしい。」
裕奈がさらに輝くためのヒントも、驚くほど緻密に分析されていた。
「裕奈は感情を抑える場面では目が語りすぎる。そのまっすぐな瞳が、時に感情を漏らしてしまうんだ。」
「もっと自分を信じて。君が輝く瞬間を、俺は何度も見てきた。」
ページをめくるたび、渉の声が心の中に直接響いてくるようだった。
裕奈はノートを握りしめながら、その熱量に圧倒されていた。
そして、最後のページにたどり着いた。
そこには、たった一言、渉の真心が記されていた。
「裕奈、俺は君を愛してる。これだけは、どんな未来が来ても絶対に変わらない。」
その言葉を目にした瞬間、裕奈の目から大粒の涙が溢れた。
渉が自分のためにここまで考え、ここまで支えてくれていた。
その重みと温かさが、一気に胸に押し寄せた。
「渉……」
裕奈はノートを胸に抱きしめ、しばらく泣き続けた。
渉がどれだけ自分を見ていてくれたのか、どれだけ自分を信じてくれていたのか。
そんな渉の存在がどれほど大きかったのかを、今さらながら痛感していた。
ページをめくるたび、裕奈の心には渉への思慕が募っていく。
これまでの感謝と尊敬が、より深い感情へと変わっていくのを止められなかった。
その文字を見た瞬間、裕奈の中にある想いが一気に溢れ出した。
感謝、尊敬、そしてそれだけではない、ずっと胸の奥にあった特別な気持ち。
「渉……。」
裕奈はノートを胸に抱きしめたまま涙を流した。
渉がどれほど自分を信じ、見守り、支えてくれていたのか――その重みと温かさに圧倒されたのだ。
そして、自然と心の中に一つの決意が芽生えていた。
「直接、話したい。この気持ちを伝えなきゃ……。」
その思いが抑えきれなくなり、裕奈は渉に密会を持ちかけた。
⭐︎⭐︎⭐︎
夜の公園には、人通りもほとんどなく、街灯が静かに輝いていた。
風に揺れる木々の音だけが、二人の間に響いている。
渉はベンチに座る裕奈の隣に腰を下ろし、微かに息を吐いた。
「……ノート、読んだんだな。」
裕奈は胸に抱えたノートをぎゅっと握りしめ、小さく頷いた。
「……うん。」
「それで……どう思った?」
渉の声には、わずかな緊張が滲んでいた。
――裕奈は、どう受け止めたんだろう。受け入れてくれるのか、それとも……。
彼の視線がそっと裕奈を探るが、彼女はまだ目を伏せたままだった。
しばらくの沈黙の後、裕奈はゆっくりと顔を上げた。
「渉……このノート、読んだよ。」
その瞳は、まっすぐに渉を見つめていた。
「渉……私……」
彼女の唇が震える。
渉は、ただ黙って待っていた。
裕奈の心の奥に溢れる感情――それが、言葉になろうとするのを。
裕奈はゆっくりとノートを開き、丁寧に言葉を選びながら話し始めた。
「渉が、私をこんなふうに見ていてくれたこと……知らなかった。いや、気づいてたけど、こんなにも大切に思ってくれてたなんて。」
渉は苦笑し、頭を掻いた。
「そんな大げさなもんじゃないよ。ただ、俺は……君が頑張ってる姿を見て、支えたいって思っただけだ。」
「支えたい、なんて簡単に言えるものじゃないよ。」
裕奈の声は震えていた。それでも、彼女は渉の目をじっと見つめ、続けた。
「渉がいなかったら、私はここまで頑張れなかった。渉の言葉や存在が、私をどれだけ救ってくれたか……わかってる?」
渉はその真剣な瞳に言葉を失った。
裕奈は、胸に手を当てながら、感情を抑えるように言葉を繋げた。
「ずっと、ありがとうって思ってた。でも、それだけじゃなくて……気づいたの。このノートを読んで、はっきりわかった。私、私も渉が……」
その言葉を告げようとした瞬間、渉が慌てて口を挟んだ。
「待って、裕奈……!」
渉の顔には動揺と葛藤が浮かんでいた。その先を聞いてはいけない。そう思った。
「俺も……裕奈のことを、誰よりも大切に思ってる。でも……まだ約束を果たせてないんだ。俺は、まだ君の隣に立てるほどの人間じゃない。」
裕奈は目を見開いた。
「約束……?」
渉は拳を握りしめる。
「俺はまだ……何も成し遂げられてない。裕奈、君は芸能界のトップで戦ってる。俺はその隣に立つなら、ただ支えるだけじゃなくて、同じ目線で君を守れる人間でいたいんだ。君が背負ってるものの大きさをわかってるつもりだ。でも、今の俺じゃ、それに応えきれない。だから……だから、大学に戻って、もっと成長してみせる。君にふさわしい人間になってから、もう一度向き合いたい。」
その言葉を聞いて、彼女の瞳に涙が滲む。
その時だった。静寂を切り裂くような、小さなシャッター音が響いた。
「……っ!?」
渉の表情が一瞬で変わる。
「今の……音?」
裕奈が不安そうに辺りを見回す。
渉は裕奈の腕を掴み、低い声で言った。
「裕奈、下を向いて。誰か……いる。」
建物の陰、わずかな隙間の向こう側で、何かが動いた気配。
——間違いない。誰かがカメラを構えている。
裕奈の動揺を悟った渉は、冷静さを装いながらも、心臓が早鐘を打つのを感じた。
「渉……まさか……」
「ここを離れるぞ。」
「でも、私——まだ……!」
「今はダメだ!」
渉は振り返り、裕奈を守るようにその場を離れた。
裕奈の手は、まだ渉に届きそうな距離にあった。
——あと少しで、すべてを言えたのに。
しかし、二人の言葉は、夜に響いたシャッター音にかき消され、未完成のまま残された。
二人を捉えたスクープ写真は翌日、世間を大きく騒がせることとなる。
だが、この夜、二人の心にはそれぞれの思いが深く刻まれていた。




