輝きを求めて編11(告白と別れ)
渉はここ最近、紗良のために全力を尽くしていた。
指導ノートを作り、細かな点にまで目を配り、紗良の長所をさらに引き出すよう工夫を重ねた。
その結果、紗良はこれまでとは見違えるほど成長を遂げていた。
撮影現場でもスタッフから「リーダーとしての自覚が出てきた」「演技の表情がより深みを増した」と高い評価を受けるようになっていた。
夜の街灯がぼんやりと二人を照らす中、渉と紗良は仕事帰りの静かな道を歩いていた。
紗良の顔には達成感と充実感が浮かんでおり、彼女の瞳は以前よりも自信に満ちていた。
ふと、紗良は足を止め、渉に向き直った。
その表情は真剣そのもので、言葉を探しているようだった。
「……渉さん。」
渉が立ち止まり、紗良を見る。
「覚えてますか? 前に、私……渉さんに気持ちを伝えたこと。」
渉は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「もちろん。『もっと輝いた自分になれたら、そのとき改めて答えを聞かせてほしい』って言ってたよね。」
紗良は小さく笑った。
どこか懐かしむような、けれど今はもう迷いのない笑顔だった。
「はい。そのときの私は、自分に自信がなくて……渉さんの隣に立つ資格なんてないって思っていました。でも――」
そう言って、紗良は一歩、渉に近づいた。
「渉さんがずっと支えてくれて、たくさんのことを教えてくれたおかげで、今の私は前を向いていられます。自分を信じられるようになったんです。」
渉は静かに紗良を見つめていた。
その成長をずっと見守ってきたからこそ、その言葉の重みを理解していた。
「だから、今度こそ……ちゃんと伝えさせてください。」
紗良は深く息を吸い、真っ直ぐに渉の目を見つめた。
「私、――渉さんのことが好きです。」
その言葉は、静かな夜に溶けるように響いた。
けれど、それは以前の迷いがちな声ではなかった。確かな想いと決意がこもった、力強い告白だった。
「これまでずっと渉さんに頼ってばかりだったけど、今は――」
紗良は少し息を整えて、渉を真っ直ぐに見つめた。
「今度こそ、渉さんの隣に立てる自分になれたと思っています。」
その声には、かつての迷いや不安はなかった。
渉に「もっと輝いた私で答えを聞かせてほしい」と言ってから、ずっと目指してきた自分。
ようやくその言葉を口にできた自信が、紗良の表情に表れていた。
渉は一瞬言葉を失い、視線を少しだけ伏せた。
紗良の成長を間近で見てきたからこそ、その言葉がどれほどの想いを込めたものか分かっていた。
だが――胸の奥に浮かぶのは、やはり別の誰かの姿だった。
「紗良さん……。」
渉は優しい声で紗良の名を呼んだ。
「覚えてるよ。前に言ってくれたよね。『もっと輝いた私で、もう一度気持ちを伝えるから』って。」
その言葉に、紗良は小さく笑った。だが、その目には不安が揺れている。
「今の私は、あのときとは違います。だから、今度こそ渉さんの隣に――」
しかし、渉は静かに首を振った。
「……ごめん、紗良さん。」
紗良の表情が一瞬揺れた。
「本当に、紗良さんはすごいと思ってる。あのときからこんなに成長して、自分で言った約束をちゃんと果たしたんだ。尊敬してるし、これからも支えたいって思ってる。」
少し間を置いて、渉は言葉を探すように視線を遠くにやった。
「でも、その気持ちは……きっと、紗良さんが望む形のものじゃないんだ。」
紗良は俯き、短く息を吸った。
ぎゅっと握られた彼女の手が、かすかに震えている。
「……そっか。」
小さな声が夜の空気に溶けた。
「わかってたつもりだったんです。渉さんの心がどこを向いているかも。……でも、やっぱり辛いですね。」
その笑顔は強がっているようで、けれど確かな成長を感じさせた。
前回の告白のときとは違い、紗良はもう逃げるような言葉を選ばなかった。
渉はそんな紗良を見つめ、言葉を選ぶ。
「紗良さんなら大丈夫だよ。俺なんかより、もっとすごい人たちと肩を並べて、これからたくさんの人を導ける。俺が保証する。」
「……ふふ、言いますね。」
紗良は涙を堪えながらも、少しだけ強気な笑みを見せた。
「じゃあ、約束します。渉さんを、絶対に見返してみせますから。」
渉も笑みを返した。
「楽しみにしてる。」
二人は再び歩き出した。
紗良の想いを受け止めた渉の胸には、やはり裕奈の姿が浮かんでいた。
紗良の告白を改めて受けたことで、自分の中で揺れていた想いが少しずつ形を成し始めていることに、渉は気づき始めていた。
☆☆☆
渉と別れた後、紗良は足早に歩きながら、目頭が熱くなるのを感じていた。誰にも見られないように街の灯りの届かない路地に入り込み、壁に背を預けると、とうとう堪えていた涙が溢れ出した。
「やっぱり、ダメだった…。」
声を絞り出すように呟き、紗良は胸を押さえた。渉に想いを伝えた瞬間の彼の表情、優しいけれど申し訳なさそうな瞳が何度も脳裏をよぎる。
「本当に好きだったのに…。ただの憧れとかじゃなくて、本当に…。」
紗良は小さく嗚咽を漏らした。渉と過ごした日々を思い出すたびに、胸が締めつけられる。彼の教えに支えられ、少しずつ成長し、自分に自信を持てるようになった。その全てが、渉の存在あってのものだった。
「いつだって私のことを見てくれてた。ちゃんと話を聞いて、アドバイスしてくれて…。でも…。」
紗良は拳をぎゅっと握りしめた。
彼の優しさが、他の誰かにも向けられていることを知っている。
それが、彼の人柄だということも分かっている。
けれど、その「優しさ」の裏に、裕奈への特別な想いが宿っていることにも、薄々気づいていた。
「渉さんと裕奈さん…。あの二人の間には、私が入り込めない空気がある。渉さん、いつもあの人のことを気にかけてた。裕奈さんが困ってる時、どうしても顔が変わってた。」
その記憶が痛いほど鮮明に浮かぶ。
紗良は目をぎゅっと閉じた。
渉と裕奈の間には、彼女にはどうしても越えられない何かがある。長い時間を共有してきた彼らの絆。紗良にはそれが羨ましくて、悔しくてたまらなかった。
「私じゃダメだった…。でも、だからって諦めたくない自分もいる。」
涙を拭い、紗良は自分に言い聞かせるように呟いた。
「もっと強くなってみせる。渉さんを好きだったこの気持ちを、無駄にはしたくないから。」
渉に告白して振られた痛みは、心の奥底に刻まれている。
それでも、紗良は前を向こうとしていた。
彼が教えてくれた「成長することの喜び」を胸に抱きながら。




