輝きを求めて編10(君を愛してる)
夜の静寂が部屋を包む中、渉は机に向かいノートを開いた。
ページをめくる手が少し震えているのは、自分の思いを言葉にする重さと、そこに込められる感情の深さゆえだった。
ペンを握り、渉はまずこれまで裕奈と過ごした時間を振り返りながら、気づいたことを一つずつ書き記していく。
「君は強い人間だ。どんなに辛い状況でも、誰よりも努力して、誰よりもまっすぐ進んでいく。その姿は、いつだって周りの人を魅了する光そのものだった。」
ペン先が少し止まる。
渉の脳裏に浮かぶのは、撮影現場で輝いていた裕奈の姿。
しかし、その裏で見た、孤独やプレッシャーに押しつぶされそうな彼女の表情が次に浮かぶ。
「でも、君は同時にとても繊細で、孤独を感じやすい人だ。人一倍頑張る君だからこそ、周りの期待や重圧に苦しむことも多い。それでも、それを他人には決して見せないよな。」
渉は少しペンを止めて深く息をつく。
「俺は、この1年でそんな君の強さと弱さの両方を知った。そして、そのすべてが君の魅力なんだって、心の底から思ってる。」
次のページをめくり、渉は自分自身について書き始めた。
「俺はこの1年で確信したことがある。それは、俺の一番の輝きは、人を教え、導くことだってことを。サッカー部時代の恩師や仲間たちが教えてくれた、自分の価値を、ようやく認められるようになった。」
ペンを握る手に力がこもる。
「だから俺は、大学に戻ることを決めた。教育を学び直して、もっと多くの人を支えられる力をつけたいと思う。」
そして、渉は次の言葉を慎重に書き加えた。
「でも、それは君の隣を離れるためじゃない。むしろ、君の隣にふさわしい人間になるためだ。」
渉は一息つき、ページをめくる。
そして、最後の章に二人の未来への思いを記す。
「俺たちは約束したよな。二人で輝くって。あの時の約束を果たすために、俺も全力で進むよ。」
「これから先、どんな困難があっても、お互いを支え合いながら前に進もう。俺は君が一人で背負う必要のないものを、少しでも分けてもらいたい。」
渉の胸には、過去の自分とは違う確信があった。それを言葉にするのに迷いはなかった。
「君は俺にとって、ただの支えたい存在なんかじゃない。俺がこれから先、どれだけ成長しても、どんな道を歩んでも、君の隣で君と同じ光を放ちたいと思う。それが、俺の願いだ。」
そして、最後の一文を慎重に書き足す。
「裕奈、俺は君を愛してる。これだけは、どんな未来が来ても絶対に変わらない。」
渉はペンを置き、ノートの最後のページをじっと見つめた。自分の思いをすべて言葉にしたことで、不思議な安堵感が広がる。
「これが俺のすべてだ。」
深く息を吐きながら、渉はそっとノートを閉じた。
その瞬間、自分が選んだ道への迷いは完全に消えていた。
明日からも、この思いを胸に進んでいく。
その決意が、渉の心を力強く支えていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
翌朝、渉はいつもより少し早めに事務所へ向かった。バッグの中には、昨夜書き上げたノートが入っている。
これを渡すことが、自分の決意の一歩だと渉は理解していた。
住吉がちょうどスタッフルームにいるのを見つけた渉は、彼女にそっと声をかける。
「住吉さん、これ…裕奈さんに渡してください。」
住吉は差し出されたノートを受け取りながら、少し驚いた表情を見せる。
「何だか前にもこんなことがあったわね。直接渡せばいいじゃない。どうしてまた私を通すの?」
その言葉に渉は一瞬迷ったように口を閉ざすが、すぐに笑みを浮かべて答える。
「いや…直接言うのも、何だか照れ臭いんですよ。」
と言った後に少し沈黙をして、そしてはにかみながら言った。
「それに、俺はあくまで紗良さんのマネージャーですから。」
渉の返事に、住吉は呆れたように、けれどどこか優しげに笑った。
「本当に変わらないわね、あなたって。でも、それが久住くんらしいのかもね。」
渉はその言葉に苦笑を返し、少し頭を下げた。
「住吉さん、裕奈さんのことをどうかよろしくお願いします。」
その言葉に、住吉の表情が一瞬だけ真剣なものに変わる。
ノートをしっかりと抱え直しながら、静かに頷いた。
「ええ、わかってる。裕奈さんのことは任せて。」
渉は再び礼をし、すっと背筋を伸ばしてその場を後にした。
その背中には、揺るぎない決意が感じられた。
住吉は手元のノートを見つめ、小さく息をついた。
「本当に、どこまでも不器用なんだから。」
ノートを抱えたまま、住吉は廊下の向こうに消えていく渉の背中を見送った。
彼の想いが、どうか裕奈にしっかり届きますようにと願いながら。
⭐︎⭐︎⭐︎
渉は住吉にノートを託した後、気持ちを整えるように深呼吸をし、松永社長のオフィスへと向かった。
ノックの音が響き、社長の「入れ」という声がドア越しに聞こえる。
「失礼します。」
渉はオフィスに足を踏み入れ、松永の前に座ると背筋を伸ばした。その姿を見て、松永はじっと渉の表情を観察するように目を細めた。
「さて、話を聞かせてもらおうか。決断は出たのか?」
松永の声は低く、しかしどこか期待を込めていた。
渉は静かに頷き、しっかりとした口調で答える。
「はい。大学に戻ることにしました。」
松永は少し眉を上げるが、あえて言葉を挟まず、渉に続けるよう促す視線を送る。
「これまでの時間で、自分が何をすべきかがはっきりとわかりました。自分の一番の強みは、人を教え導く力だと気づきました。だから教育学をしっかりと学び直し、その力を活かせる道を歩みたいと思っています。」
松永はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「そうか。だが、一つ聞かせてもらおう。その道を選んで、裕奈を支え続けられる自信はあるのか?」
渉はその問いに少し考え込むような表情を見せたが、すぐに目を見開き、力強い声で答えた。
「はい。僕はこれからも裕奈と歩んでいきます。僕が学び直すのは、彼女の隣に立つためでもあります。彼女を支えられるだけの人間になるために。」
その言葉に、松永の表情が一瞬だけ柔らかくなったが、すぐに真剣な面持ちに戻った。
「渉、お前には話しておこうと思う。俺も昔、国民的女優と呼ばれる女と関わったことがある。」
渉は目を丸くし、松永の話に耳を傾けた。
「その女優、沙織とは…駆け出しの頃に付き合っていた。彼女は急速に人気を得て、俺たちの間には徐々に溝が生まれた。そして、ある日スキャンダルが発覚し、俺は彼女の足を引っ張る形になった。沙織は俺に『一緒に辞めて、どこか遠くへ行こう』と言ったが…俺には、その覚悟がなかった。」
松永の声にはかすかに苦味が滲んでいた。
「彼女は俺を罵倒し、去っていった。それきり連絡も取っていない。あのとき、俺には彼女を支えられる力も覚悟もなかったんだ。」
一瞬、松永の視線が遠くを見つめるようになる。そして再び渉に向き直り、鋭い眼差しで問いかけた。
「渉、お前は沙織のような女優を支える道がどれほど険しいか、わかっているのか?裕奈と歩む道は、並大抵の覚悟じゃ進めないぞ。」
渉はその言葉に真っ直ぐな瞳で松永を見返し、力強く答えた。
「わかっています。それでも、僕は裕奈さんと歩みます。それが僕の選んだ道です。」
松永はしばらく渉を見つめ、やがて眩しいものを見るように目を細めた。
「その道を選ぶなら、全力でやれ。ただし、覚えておけ。この世界は甘くない。戻ってきたいと思ったときに、誰もが手を差し伸べてくれるとは限らない。」
渉は息を吸い込み、深く頷いた。
「それは覚悟の上です。自分で決めた道なので、後悔はしません。」
松永は一瞬、微笑むような表情を見せた後、厳しい声で続けた。
「いいだろう。だが、残りの期間、全力を尽くせ。それが、お前にできる最後の仕事だ。」
「はい。」
渉は力強く答え、深々と頭を下げた。
その背筋は迷いのない、自らの決断に確信を持った男のものだった。




