輝きを求めて編7(恩師との再会)
答えを出すために、渉は小沢の助言で高校時代のサッカー部を思い出した。
輝くことへの意識が途絶えたのは、あの怪我がきっかけだった。
中途半端な辞め方をしてしまい、恩師や同期たちにきちんと向き合えなかった後悔が、今でも胸に残っている。
「……一度、あの人に会いに行こう。」
次の休みの日、渉は高校のグラウンドを訪れた。恩師の武藤は、相変わらず厳しそうな顔で後輩たちに指導していたが、渉を見ると驚きつつも笑みを浮かべた。
「おお、渉じゃないか。久しぶりだな。」
グラウンドの片隅で腰を下ろし、渉は頭を下げた。
「先生、突然お邪魔してすみません。そして……サッカー部をあんな形で辞めてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」
武藤は渉をじっと見つめ、ため息をついた後、柔らかく笑った。
「そんなことでわざわざ謝りに来たのか? 怪我で自信をなくしたのは分かっていたさ。ただ、当時のお前には時間が必要だった。それだけだ。」
渉は「先生に相談したい事があるんです」と切り出した。
武藤は少し考えた後、グラウンドを見渡しながら口を開いた。
「……ここじゃ落ち着かないな。ちょっと付き合え。」
そう言って、渉を部室へと案内する。
部室の扉を開けると、 かすかに汗と土の匂いが混じった空気が渉を包んだ。
壁には歴代のチーム写真や試合のスケジュールが貼られていて、使い込まれたロッカーやベンチには、今も現役の部員たちの荷物が雑然と置かれている。
武藤が手近なベンチに腰を下ろし、「まあ、座れよ」と渉に促す。
渉はふと、奥のホワイトボードに目を向けた。そこには戦術のメモが書き残されていて、その隣には誰かの字で「県大会優勝!」と力強く書かれた文字があった。
(変わらないな……)
懐かしさが胸をかすめる。
この部室で、何度も仲間と作戦を練り、試合前に気合いを入れた日々。
サッカーに夢中だった自分が、たしかにここにいた。
渉は静かに息を吐き、改めて武藤の方を向いた。
「俺は自分がどんな人間だったのか、今一度確認したくて来ました。サッカーのプレイヤーとしても、それ以外でも……自分の価値を見失ってしまってるんです。」
武藤は少し考えるように視線を泳がせた後、穏やかに語り始めた。
「プレイヤーとしての才能なら、お前はフィジカルやテクニックでは正直並だったよ。他の奴らと比べても、際立ったところはなかった。だけど、俺がお前を主将に抜擢したのには理由がある。」
渉は目を見開き、思わず息を飲んだ。
「お前は誰よりも周りを見ていた。部員一人ひとりの癖やプレースタイルを徹底的に分析して、ノートに書き込む姿をよく覚えている。それだけじゃない。みんなの良いところや改善点を具体的に伝えて、どうすればチームが良くなるかを考えて動けた。そういう力を持っていたんだ。」
武藤は続けた。
「お前が主将だったからこそ、みんなが安心してプレイできたし、信頼していた。お前は人を導く力がある。それが、お前の価値だよ。」
武藤の言葉に、渉は思わず息をのんだ。頭では分かっているつもりだったが、改めて言葉にされると、それがどれほど大きな意味を持つのかを痛感する。
「……俺が、人を導く力……?」
ぼそりと呟いた渉の脳裏に、高校時代の記憶がよみがえる。
サッカー部の主将として、誰よりもチームのことを考え、皆をまとめようと奔走していた日々。
仲間たちが自分にアドバイスを求め、試合中に信頼してパスをつないでくれた光景。
試合が終わるたびに、渉は一人ひとりのプレーを振り返り、改善点や良かった点を伝えていた。
時には後輩を呼び出し、個別に練習を見てやることもあった。
それが結果として、チーム全体の成長につながっていくのが嬉しかった。
試合に勝ったとき、自分がゴールを決めたからではなく、チーム全員が一つになって勝ち取った勝利だからこそ、心の底から喜べた。
(俺は……あのとき、ただ自分が活躍したいからやってたんじゃない。チームが強くなること、仲間が成長していくこと、それが嬉しかったんだ。)
だが、それと同時に、渉は別の記憶にも苛まれる。怪我をして、ピッチに立てなくなったときの絶望。サッカー部を途中で辞め、何者にもなれなかったと感じていたあの頃の自分。
「そういえば、同期たちもお前には感謝してたぞ。『渉がいると安心してプレイできた』ってな。」
武藤はまるで何気ない世間話でもするように言ったが、その言葉は渉の胸を強く打った。
(俺は……あのとき、途中で諦めたんじゃないのか?)
怪我を言い訳に、ピッチを去り、主将の役目も放り出した。
あのときの自分には、他にできることがあったはずなのに。
リーダーとして、別の形でチームを支える道もあったはずなのに。
(俺は、最後まで務め上げることをしなかった。)
その考えが、大学生活の自分にもそのまま当てはまることに気づいてしまった。
大学に進学してから、渉は何をしていた?
勉強はしていた。単位もきちんと取っていた。
でも、それはただの義務だった。
サッカー部の時のように、何かに情熱を注ぐこともなく、ただ抜け殻の様に漫然と過ごしていただけだった。
将来のことを深く考えることもなく、流されるように就活を迎え、そこに特別な意志を持つこともなかった。
そんな自分が、今、裕奈の傍にいる。
彼女のマネージャー補佐として、彼女の輝きを支えていた。
でも、それすらも「一時的なもの」とどこかで思っていた。
結局、自分はいつかまた大学に戻るだけの存在で、ここでの役割も中途半端に終えるのだと。
(そんなことでいいのか?)
裕奈は、目の前の輝きを必死に掴もうとしている。
紗良だって、アイドルとしての未来を切り開こうとしている。
彼女たちの努力を見てきたはずなのに、自分はどうだ?
マネージャーという立場も、俳優たちを支える役目も、「今の自分にできること」としてこなしているだけではないのか?
(最後まで、務め上げることができるのか?)
サッカー部を途中で辞めた自分と、大学生活を無気力に過ごしていた自分。どちらも中途半端で、どちらも「本気」ではなかった。
なら、今度こそ——
「……先生、ありがとうございます。」
渉は深々と頭を下げた。
武藤は少し驚いたように目を細めたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「お前は、まだまだ伸びるよ。今のお前は、きっとな。」
渉は、武藤と別れた後、改めて自分に問いかける。
(俺は、大学生活をちゃんと務め上げたのか?)
何となく日々を過ごし、周りに流されるまま就職活動を考えていた。
今までどこかで、「やりたいことが見つからないから」という理由で、曖昧なまま進もうとしていたのではないか?
だが、今は違う。
裕奈の隣に立つために、自分の道を選び取らなければならない。
自分に何ができるのか。どうすれば、最後まで務め上げることができるのか。
ーーそれを考えなければならない。




