輝きを求めて編6(輝きの意味)
松永から提示された三つの選択肢――正社員として事務所に残る、契約社員の期間延長、大学に戻る。
渉はその重さを全身で感じながら、小沢のいる研究室を訪れた。
研究室のドアを軽くノックすると、中から小沢の飄々とした声が聞こえた。
「どうぞー。…って、なんだ渉か。何かあったか?」
中に入ると、小沢は実験装置の前で何やら作業をしていた。
普段と変わらぬ態度だが、その目はどこか鋭い。
「珍しいな、お前がそんな顔して来るなんて。で、何だ? 仕事の愚痴でも言いに来たか?」
渉は軽く笑いながら首を振った。
そして、松永から提示された選択肢について語り、自分が抱える「輝く」という言葉への疑問を打ち明けた。
「俺は裕奈を支える存在として相応しいのか、それがずっと引っかかってるんだ。そもそも、自分が輝くってどういうことなんだろうって…。正直、わからなくなってる。」
その言葉を聞いて、小沢はしばらく沈黙した。そしてふと、目を細めて渉を見つめた。
「輝く、ねえ…。お前、高校の頃は何で輝こうとしてたんだ?」
唐突な質問に、渉は少し驚いた顔をした。
「高校?……サッカーだよ。サッカーで一番になることだけを考えてた。」
「だよな。 で、お前にとって”輝く”ってのは、自分が一番になれる場所を見つけることなのか?」
渉は少し考え込みながら答えた。
「……それもあったと思う。でも、それ以上に、必死に努力してる自分が好きだったのかもしれない。」
小沢は腕を組みながら渉を見つめた。
「お前から見て、輝く人間ってどんな奴だ?」
唐突な問いに、渉は少し考え込む。
「……やっぱり、人に認められるような人間じゃないか?」
「そうか? じゃあ裕奈さんは何で輝いてるんだ? 国民的女優として認められてるからか?」
渉はすぐに答えられなかった。確かに裕奈は多くの人に認められている。でも、それだけだろうか。
「違うだろう。」小沢が続ける。
「あの人が輝いて見えるのは、一つのことにがむしゃらに、真剣に取り組んでるからじゃないのか?」
渉はハッとした。
「お前も高校時代、サッカーに必死だった頃は輝こうとしていた。いや、その時にもう“輝いて”いたんじゃないか。それは誰かに認められたからじゃない。夢中で頑張る自分自身が、誇れるものだったからじゃないのか?」
小沢の言葉が、渉の胸に深く刺さる。
「お前は今、何もしてないのか?」
「……そんなことはない。」渉はゆっくりと首を振った。
「仕事でも、裕奈を支えることでも、できることを必死にやってるつもりだ。」
「だったら、それでいいんじゃないのか?」
小沢は肩をすくめて言う。
「結局のところ、“輝く”ってのは、他人が決めるものじゃない。お前自身が本気でやってるなら、それだけで十分“輝いてる”んだよ。」
渉は静かに息を吐いた。
「でも……それを、俺は本当に実感できてるのかな……?」
小沢が渉を見る。
「どういう意味だ?」
渉は少し間を置いて、言葉を選ぶように口を開いた。
「裕奈は、自分がやるべきことを理解して、信じて、全力で突き進んでる。でも俺は……裕奈のために頑張ることが、自分にとっての“輝く”なのかどうか、正直まだ答えを出せてないんだ。」
小沢はしばらく黙って渉を見つめた後、ふっと笑った。
「なるほどな。お前、自分が何のために“輝きたい”のか、その答えをまだ探してるわけか。」
渉は驚いたように顔を上げた。
「……そう、なのか?」
「じゃないか。だからモヤモヤしてるんだろ。」
小沢は腕を組みながら続ける。
「だったら、一度ちゃんと考えてみることだな。お前にとって“輝く”ってのは、どういうことなのか。誰かのために輝きたいのか、それとも自分自身のためなのか――お前が本当にやりたいことは何なのか。」
渉は小沢の言葉を反芻しながら、じっと考え込んだ。
「……そうか、俺はまだ、自分自身の”輝き”の答えを見つけてないのか。」
「そういうことだ。だから行ってみたらどうだ、自分の原点に。」
小沢はニヤリと笑いながら言った。
「今のお前に必要なのは、誰かに“輝いてる”って言ってもらうことじゃない。自分自身で“俺は輝いてる”って思える瞬間を見つけることだ。なら、輝きを求めた原点に立ち返ってみろよ。」
渉の胸の奥に、小さな火が灯るのを感じた。
渉は静かに息を吐き、少しだけ笑った。
「…ありがとう、小沢。俺、もう一度自分の原点を見直してみるよ。」
「感謝なんかされると調子狂うな。」
小沢はそう言いながらも、どこか満足げな表情を浮かべている。
そして皮肉めいた口調で続けた。
「ただし、これだけは言っとく。『もう一度振り返る』とか言うなら、ちゃんとその先も見据えろよ。いつまでも過去に囚われてると、また転ぶぞ。」
「わかってるよ。」渉は苦笑しながら答えた。
小沢は肩をすくめると、渉に軽く手を振った。
「ま、何か困ったらまた来い。俺は暇じゃないけど、たまには相手してやるから。」
その言葉には皮肉の奥に、確かな友情があった。
渉はそんな小沢の背中を見つめながら、自分の中に確かな決意が芽生えていくのを感じた。




