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輝きを求めて編4(覚醒)

撮影の準備が整い、裕奈は静かにカメラの前に立った。

昨日の失敗を誰もが気にしているのが分かる。スタッフも、共演者の遼も、監督でさえも――。


しかし、彼女の表情を見た瞬間、場の空気が変わった。


(私は大丈夫。)


裕奈の目には、揺るぎない自信と輝きが宿っていた。


それは――たった一晩で、彼女の中に確かに生まれた感情。

(渉が……いてくれる。)


手の中には、彼が残したノート。


「裕奈は人を惹きつける光を持ってる。」

「大丈夫。裕奈ならできる。」


何気ない言葉のひとつひとつに、彼の想いが詰まっていた。


(渉は、ずっと私を支えてくれてた。)


思い出す。小さい頃、転校する日、初めての主演が決まった日。渉はいつもそばにいた。

(どうして今まで気づかなかったんだろう……。)


裕奈の胸の奥で、何かが熱を持ち始める。


――私は、渉が好き。


その想いに気づいたとき、世界が鮮明になった。


「裕奈さん、本番行こうか。」

監督の声が響く。


「はい。」

迷いのない返事とともに、裕奈は深く息を吸い込んだ。


「テイク1、本番!」

クラップボードの音が鳴る。


その瞬間、裕奈は役に入り込んだ。


彼女が演じるのは、夢に向かって懸命に走る少女の姿。

目には涙が浮かび、それでも奥底には決意と情熱が燃えている。


(私は、負けない。)


渉がいる。

それだけで、不安も迷いも消えていく。


(あなたが支えてくれるから、私はどこまでも行ける。)


言葉のひとつひとつ、表情のひとつひとつが、観る者の心を震わせていく。


撮影現場の空気が、完全に裕奈の演技に飲み込まれていた。


そして――


「……カット!」

監督の声が響いた。


一瞬の静寂。 

次の瞬間、場内に大きな拍手が沸き起こる。


「裕奈さん、素晴らしかったよ! 昨日と全然違う!」

監督が興奮気味に声を上げる。


裕奈は、軽く息を吐き、微笑んだ。


(私、もう迷わない。)


心の中で、たったひとりの名前を呼ぶ。


(渉、ありがとう。)

――今、私は本当の私になれた。





共演者である遼も、裕奈の演技に完全に圧倒されていた。

彼女の放つ輝きは、今まで見たどんな裕奈よりも強く、美しかった。


「裕奈さん……一体何があったんだ?」

休憩時間、遼は裕奈に近づき、戸惑いながら尋ねた。


「昨日とはまるで別人みたいだよ。どうしてそんなに変わった?」


裕奈は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。

「ある人がね、私のために色々考えてくれてたの。その想いを、住吉さんが預かっていて、私に渡してくれたんだ。」


遼は一瞬言葉を失った。


“ある人”。


裕奈が誰かの支えを受けて、ここまで変わったことは明らかだった。

そして、そのある人が誰なのかも、すぐに察してしまった。


「……そうか。」


裕奈は優しく微笑んで続ける。

「その人はね、私を信じてくれてた。どんな時も。私が輝けるように、ずっとそばで支えてくれてたんだ。」


遼は静かに頷いた。

「……俺、負けたな。」


裕奈が驚いたように顔を上げると、遼は優しく笑っていた。

その笑顔には、どこか清々しさすら感じられる。


「俺が惚れたのは、今の君みたいに輝いてる裕奈さんだった。でも、俺には君をここまで輝かせることはできなかった。その人にはできてた。それが全てだよ。」


裕奈は何も言えず、ただ遼を見つめていた。

その瞳には、どこか寂しさと嬉しさ、そして感謝の光が宿っていた。


遼は一歩引き、静かに言った。

「でも、演技は勝負だ。次のシーンでは、俺も全力で輝いてみせる。負けてばかりの男じゃないからな。」


その言葉に裕奈は微笑み、軽く頷いた。

「遼君なら、きっと大丈夫。」


その言葉が、二人の間にあった小さなわだかまりを解き、遼は心からの笑顔を浮かべた。


この日、裕奈の演技はさらに磨かれ、撮影現場の空気を一変させるほどの力を発揮した。


そして、遼もまた、自分自身を見つめ直し、俳優としての道を進む決意を新たにする。


これ以降、彼は純粋に演技の世界に没頭していく。

一人の俳優の誕生の瞬間だった。


一方、裕奈の心には確かな想いが芽生えていた。

それは、渉への恋心と、彼と共に輝きたいという願いだった。




休憩室に戻ると、母・千鶴が待っていた。

裕奈の疲れた顔を見て、そっと席を勧める。


「お疲れさま、裕奈。すごく良い演技だったわ。」

千鶴は優しい表情で娘を見つめながら、心の中では複雑な思いを抱えていた。


「……ありがとう、お母さん。」

裕奈は椅子に座り、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


しばらく無言のまま時が流れたが、千鶴が意を決したように口を開いた。

「あのノート……渉くんがくれたものなのね。」


裕奈は小さく頷き、ノートを大切そうに抱えた。

「うん。渉がくれたから、私……自分の輝きを取り戻せたんだと思う。」


その言葉を聞いて、千鶴は静かに目を伏せた。

渉の存在が、どれほど裕奈にとって大きなものなのかを改めて痛感する。


「裕奈……あなた、久住くんのこと、どう思ってるの?」


突然の問いに、裕奈は一瞬驚いた表情を浮かべた。しかし、それはすぐに真剣なものへと変わる。

ノートを握る手に力を込めながら、迷いのない声で答えた。


「……ずっと好きだったの。」


千鶴は娘の言葉を黙って受け止める。裕奈は続けた。


「今まで分からなかった。ただ、渉は私のそばにいるのが当たり前だったの。小さい頃からずっと、私のことを気にかけてくれて、支えてくれて……」


ふと記憶の奥底から、懐かしい情景がよみがえる。


「私ね、小学生の頃、渉に言われたの。『可愛いから芸能人になるかもな』って。そのときは冗談みたいに思ったけど、でもその言葉がずっと心のどこかに残ってた。それで、私、本当に芸能界を目指すことになったんだよ。」


裕奈はふっと笑った。

しかし、その目はどこか切なげだ。


「転校してからは、正直すごく寂しかった。新しい環境に馴染めるか不安で、お母さんに言えなかったけど、何度も泣いたこともあった。でもね、私が頑張れたのは……渉との約束があったから。」


千鶴の眉がかすかに動く。


「約束?」

「うん。私がもっと輝いて、『渉がすごい』って思えるくらいの人になるって約束したの。」


その言葉を思い出すたびに、どれほど勇気をもらっただろう。どれほど励まされたことか。


「だから、どんなに大変でも、私は前に進めた。渉が、隣で支えられるくらいの人になろうとしてるなら……私も、負けないくらい輝かなきゃって思えた。」


裕奈はそっと胸に手を当て、目を伏せる。

「今なら言える。私は――渉が好き。ずっと、ずっと好きだった。」


裕奈はまっすぐ千鶴を見つめる。

「それだけじゃないの。渉は、ただのマネージャーじゃなかった。いつも私のことを第一に考えてくれた。無理をしそうになったら止めてくれて、間違えそうになったら正してくれた。誰よりも、私のことを分かってくれる人……。」


「だから、もう気づいてしまったの。私は渉のことが好き。ずっと。ずっと――」


その想いに嘘はない。迷いもない。


千鶴は娘の真っ直ぐな瞳を見つめながら、心の奥底で動揺を隠せなかった。


「そう……。」

「お母さん、私には渉が必要なんだよ。渉がいなかったら、ここまで来られなかった。渉が支えてくれたから、私はここで輝けているの。」


その言葉は千鶴の心を深く刺した。

これまで、裕奈を守るためだと思って渉を遠ざけようとしてきた。


その選択が間違っていたとは認めたくなかった。

だが、裕奈の言葉は紛れもない事実だった。


(あの子の輝きは、渉くんが引き出したのね。)


裕奈は続ける。

「お母さんは心配してるんでしょ? でもね、私は渉を信じてる。渉がいるから、私はもっと上に行ける。もっと輝けるの。」


その言葉には、もはや少女の頃の迷いはなかった。裕奈は女優として、そして一人の女性として、確かな想いを抱いていた。


千鶴は小さく息を吐く。

目の前の娘は、ただの少女ではない。

彼女は、自分の意志で未来を切り開いていく存在なのだと――そう、改めて思い知らされた。


「……裕奈。」千鶴はため息をつき、そっと娘の手を握った。


「あなたがそう思うなら、その気持ち、ちゃんと久住くんに伝えなさい。でも……久住くんの契約期限がもうすぐなの。どうなるか分からないわ。」


裕奈は驚いたように千鶴を見つめた。

「……契約期限?」

「そう。あと少しで久住くんの契約は終わる。これからどうするのかは、久住くん次第……でも、お母さんは思うの。あなたには渉くんが必要だって。」


裕奈はその言葉を聞き、初めて母が自分と渉の関係を認めてくれたように感じた。


「ありがとう、お母さん。私、ちゃんと伝えるよ。」


千鶴は微かに微笑み、娘を静かに見つめた。

(久住くん……あなたを遠ざけようとしたけど、もうそれはやめる。裕奈にはあなたが必要なのよ。)


千鶴は裕奈にとって渉がかけがえのない存在である事をこの時、確信したのだった。

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