輝きを求めて編3(恋だったんだ)
その日、裕奈は前日の大失敗を取り戻すため、再撮影に臨む準備をしていた。
スタッフや共演者は裕奈を気遣い、極力プレッシャーを与えないようにしている様子だったが、裕奈自身は不安で胸が張り裂けそうだった。
控室に一人きりになった裕奈は、深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしたが、手の震えが止まらない。
「私は大丈夫……ちゃんとできる……」
そう自分に言い聞かせても、頭の中で昨日の失敗が何度も繰り返される。
期待を裏切ったという罪悪感が、彼女を追い詰めていた。
ーーコンコン
ノックの音に、裕奈がはっと顔を上げると、住吉が控室に入ってきた。
「裕奈さん、これ。」
住吉は渉から預かったノートを差し出した。
裕奈は一瞬困惑した表情を浮かべたが、住吉が続けた。
「久住くんが、あなたにって。」
「……渉が?」
裕奈は戸惑いながらノートを受け取った。表紙を見た瞬間、それが渉がいつも持ち歩いていたノートだと気づき、胸が締め付けられるような思いがした。
「なんで……私にこれを……?」
住吉は優しく笑って言った。
「久住くんはね、いろんなことを考えてたみたいよ。裕奈さんのために、ずっと。中を見ればわかると思う。」
裕奈は小さく頷き、震える手でノートを開いた。
☆
裕奈は控室のソファに腰掛け、膝の上に渉がくれたノートをそっと広げた。
その表紙は使い込まれて少しだけ角が擦り切れていた。
渉の丁寧な字が並ぶページを、一枚ずつ慎重にめくる。
「裕奈の良いところ」
「裕奈の体調管理のポイント」
「裕奈が輝くために必要なこと」
一つひとつの項目に、渉の真剣な思いと、彼女を大切にする気持ちが込められているのが分かった。
裕奈はページを進めるたびに胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
ページをめくる中で、幼い頃の記憶が不意に蘇る。
まだ幼かった頃、家庭で父と母の喧嘩が絶えず、学校でも孤立していた裕奈は、渉だけが自分の味方でいてくれると感じていた。
「俺さ、別にすごいことはできないけど……裕奈が辛いときは、俺が支えるからさ。俺が裕奈のヒーローになるよ。」
そう言ってくれた渉の顔は真剣そのもので、裕奈の胸に深く刻まれた。
そして、彼が何気なく続けた言葉。
「裕奈はさ、可愛いんだから、きっと大人になったら人気者になるよ。女優とかになったら、みんなに愛されるんじゃない?」
その言葉が、裕奈にとって初めて「自分にも可能性がある」と思わせてくれた瞬間だった。
「じゃあ、私も約束する。絶対にみんなが知ってるくらい、すごい人になるから。」
「例えば…女優さんになってテレビとかでみんなが『裕奈だ!』って分かるくらい。そうなったら、私のヒーローは渉くんだって自慢してもいいよ。」
渉は少し照れたように笑いながら、それを受け入れてくれた。
その時の二人の間には、何の迷いもなかった。
中学で転校が決まり、裕奈が東京へ行く日、渉との最後の時間。
裕奈は不安と寂しさを抱えながらも、渉に伝えた。
「渉、私ね……もっともっと輝いてみせる。いつかまた会ったとき、渉が私を見て『すごい』って思えるくらいに。」
その言葉を聞いた渉も、強い決意を込めて返した。
「俺ももっと輝くよ。輝いてすごい人になる。裕奈が誰にも負けないくらいすごい人になったら、俺もちゃんと追いつけるように……裕奈の横できちんと支えられるように頑張る。」
二人で交わした約束は、時が経っても裕奈の心に深く刻まれていた。
そして今、渉のノートを抱きしめながら、裕奈はページをめくる手を止めた。
そこには、あの頃の記憶を思い出させるかのような言葉が記されていた。
「俺はもう一度、自分自身を輝かせたい。そしてその光で、裕奈の隣に立つ。」
その一文に触れた瞬間、裕奈の心に真っ直ぐ渉の思いが届いた。
「渉……」
彼の名前を小さく呟く。
自分の胸の奥にぽっかり空いていた穴が、彼の言葉で満たされていくようだった。
そして同時に、自分がどれほど渉に支えられていたかを痛感した。
――私、ずっと渉を頼りにしてたんだ。これって……恋だったんだ。
その気づきが、彼女の中にぽっと灯る温かな光となった。
☆
裕奈はノートをそっと胸に抱きしめる。
幼い頃の記憶と、渉が今でも自分を見てくれているという事実が心に重なり、彼への想いがどんどん膨らんでいく。
住吉がそっと控室を覗き込んだが、涙を拭いながらノートを抱える裕奈の姿を見て、何も言わず静かにドアを閉じた。
――今度こそ、自分を信じてやり切ろう。渉がくれたこの気持ちを無駄にしないために。
深呼吸をして、涙を拭った裕奈は立ち上がった。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
撮り直しの撮影が待つスタジオへと向かう彼女の表情は、かつてないほど凛々しかった。
渉との約束、そして彼の想いを胸に、裕奈は再び前を向いて進み出した。
裕奈は渉のノートを抱きしめるように持ち、静かに目を閉じた。
ノートに綴られた渉の思いが、彼女の中で大きく膨らんでいく。
「渉……私は、ずっとあなたに支えられてたんだね。」
心の中で彼を呼ぶのは久しぶりだった。
けれど、その名前を心に浮かべるたび、自分がどれほど彼を必要としていたかが痛いほど分かった。
――この気持ちは、恋だったんだ。
その気づきが、裕奈の中に新たな光を灯した。




