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輝きを求めて編2(渉のノート)

冬の寒さが残る撮影現場。

裕奈が主演するドラマのクライマックスシーンの撮影が始まろうとしていた。


セットの中には、裕奈と共演者の澤村遼。

周囲を囲むスタッフたちが息をひそめ、監督がモニターの向こうから鋭い眼差しを向ける。


「それじゃあ、本番いくよ!」


監督の合図とともに、場の空気が一気に張り詰めた。カメラが回り始める。


裕奈は深く息を吸い込み、感情を高めようとした。しかし――


(落ち着いて……大丈夫。私は大丈夫。)


そう言い聞かせるのに、胸の奥のざわめきが消えない。


――渉がいない。


ずっと傍にいた彼が、今この場所にいない。


それだけのことなのに、裕奈の心は落ち着きを失い、足元が不安定になるような感覚に襲われた。


「……っ!」


遼がセリフを投げかける。しかし裕奈の反応が一瞬遅れた。

(え……? 何を言われたの……?)


一瞬の間が、現場の空気を凍りつかせる。


それでも裕奈は慌てて口を開いた。

「違う……私は、あなたなんか……っ」


台詞が違う。


言い終えた瞬間、裕奈は自分のミスに気づき、血の気が引くのを感じた。


(違う……! これじゃない!)


次の動作に移ろうとしたが、足がもつれてぎこちない動きになり、演技の流れが崩れた。


「カット!」


監督の鋭い声が響き渡る。

その瞬間、スタジオ内の空気が一気に冷え込んだ。


裕奈は息を呑み、呆然と立ち尽くす。

視界の端で、スタッフたちが気まずそうに顔を見合わせているのが見えた。


「裕奈、大丈夫?」


遼がそっと声をかける。

しかし、裕奈は彼の視線をまともに受け止めることができなかった。


「……大丈夫。」


精一杯の笑顔を作る。でも、声はかすかに震えていた。


そう言って、裕奈はその場を離れた。


――カメラの前では、決して見せてはいけない感情が、胸の奥から溢れそうになっていた。


(どうしよう……こんなの、初めて。)


心の中にぽっかりと空いた穴。その原因が何なのか、裕奈は分かっていた。


(渉がいないから……?)


撮影はなんとか続けられたが、裕奈の動揺は終始隠しきれなかった。


彼がいないだけで、こんなにも自分が脆くなるなんて――裕奈は、初めて思い知った。




その日の夜、事務所に戻った裕奈は、会議室に一人こもって机に突っ伏し、肩を震わせて泣いていた。


一方、残業を終えた渉は、たまたま会議室の近くを通りかかった。

微かに聞こえてくるすすり泣きの声に気づいた彼は、ドアの前で立ち止まり、そっと覗いた。


薄暗い部屋の中で、裕奈が顔を両手で覆い、泣いている姿が目に入った。


――どうしたんだ。裕奈……。


声をかけるべきか迷った渉だったが、その場で拳を強く握りしめ、結局何も言わずに静かにドアを閉めた。


その帰り道、渉の頭の中では裕奈の泣き顔が何度も浮かんだ。




その夜、渉は家に戻ると、一冊のノートを机に置いた。

それは、マネージャー補佐としての日々を記録してきた大切なノートだった。

ページにはスケジュール管理や改善案、仕事を通じて気づいたことがぎっしりと書き込まれている。


しかし、その日は特別だった。

ペンを持つ手に力が入り、渉は裕奈の変調と今日見た彼女の涙を思い出しながら書き始めた。


『・裕奈の体調管理

最近の変調が続いている。食事、睡眠、休息のバランスが取れていない可能性が高い。無理なスケジュールが原因かもしれない。改善策として、日々のチェックリストを共有することが有効ではないか。


・裕奈の良いところ

とにかく努力家。集中力が高く、現場での存在感が圧倒的。しかし、他人の期待に応えようとするあまり、自分を犠牲にしてしまう傾向がある。


・裕奈の悪いところ

頼るのが下手だ。自分の弱さを見せることを恥じているのかもしれない。完璧であろうとしすぎて、限界を超えた時に崩れてしまう危うさがある。』


渉はページを埋めるように次々と記録を書き足した。そして最後の項目に差し掛かると、ペンを止めて一息ついた。


「裕奈への気持ち」と書き、静かに言葉をつむぎ始める。


「俺はずっと、裕奈の隣で輝ける存在になりたいと思ってた。けど、高校の時に大怪我をしてから、自分に自信が持てなくなってた。自分が輝くなんて、無理だと思い込んでたんだ。裕奈を支えることだけが俺の役割だって……。」


渉の手はそこで止まった。

頭の中で、中学時代に交わした裕奈との約束がふとよみがえった。


――「俺ももっと輝くよ。裕奈の側で支えられるように」


「忘れてたんだ……。」渉は呟いた。


高校時代の挫折により、自分から輝こうとする気持ちに蓋をしていた。

その結果、大切な約束すら意識の奥底に押し込めてしまっていたのだ。


渉は深く息を吸い、ノートの最後の行にペンを走らせた。


「俺はもう一度、自分自身を輝かせたい。そしてその光で、裕奈の隣に立つ。」


渉はノートを閉じると、心の中に小さな炎が灯ったのを感じた。

これは彼にとって、新たな決意の始まりだった。




翌朝、渉は意を決してノートを手に取り、事務所で住吉を呼び止めた。

「住吉さん、これを裕奈に渡してください。」


住吉は渉が差し出すノートに目を落とし、少し驚いた様子を見せた。

「これ、あなたがずっとつけてたやつよね?自分で渡したら?」


渉は一瞬迷うように視線を逸らしたが、首を横に振った。

「いや、俺はもう裕奈の担当じゃない。今は紗良さんの担当として動いてますから。」


住吉はその答えに呆れたように笑い、軽く肩を叩いた。

「ほんと、変に律儀なんだから。でも……あなたらしいわね。」


渉は微かに笑ってみせたが、すぐに真剣な表情に戻った。

「裕奈は今、何かを抱え込んでるみたいです。俺が何を言ってももう届かないかもしれないけど、ノートで書いたなら……もしかしたら少しは力になれるかもしれない。」


住吉は静かに頷き、ノートを受け取った。

「わかった。ちゃんと渡すから心配しないで。」

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