輝きを求めて編1(不調)
渉は夜の静けさの中、自分の部屋で一人、窓の外を見つめていた。
紗良の言葉をきっかけに思い出した中学時代の約束が、胸の奥で燃え始めていた。
「どうして、あの約束を忘れてしまったんだ……。」
渉はその問いを自分に投げかけた。
――答えは明白だった。
高校3年生の時、大怪我を負ったあの日。
サッカー部の主将として活躍していた自分が、突然その座から降りなければならなくなった日。
「俺にはもう何もできない――」
その思いが胸に突き刺さり、自分の価値を見失った。
それから渉は、何かに打ち込むこともなく、ただ無気力に時間をやり過ごすようになった。
大学時代はバイトと勉強に追われながらも、それらに熱意を持つことはなかった。
何を目指せばいいのかも分からず、ただ目の前の課題をこなすだけの日々。
「輝くこと」なんて、とうに諦めていた。
支えることすらなかった。
けれど、マネージャー補佐になったとき、初めて「支える側に回る」という選択肢を見つけた。
誰かの役に立てれば、それでいい。
そうすれば、自分の失った自信を埋められる気がした。
――違う、本当はただ、裕奈の隣にいたかっただけなのに。
だが今、紗良の言葉、そして裕奈との約束を思い出したことで、心にもう一つの問いが生まれていた。
「自分が輝くって、一体どういうことなんだろう……。」
渉は初めて、その問いと真剣に向き合い始めた。
☆
一方、裕奈の周囲にも変化が起きていた。
遼と共演するドラマの制作発表会が開かれ、豪華なキャスト陣とスタッフの名前が並ぶ中、裕奈と遼のペアが再び大きな注目を集めていた。
記者たちのフラッシュが飛び交う中、裕奈はプロの笑顔を浮かべ、質問に的確に答えていく。隣の遼も終始穏やかな表情で裕奈をフォローしていた。
だが、舞台袖にいた千鶴や住吉は、そんな裕奈の様子に微かな違和感を覚えていた。
「なんていうか、裕奈さんの表情がちょっと硬いですね……。」
住吉がぼそりと漏らす。
「ええ……。最近、忙しすぎるせいか、少し疲れているみたい。でも……それだけじゃないみたい」
千鶴は腕を組み、娘をじっと見つめた。
長年裕奈を見守ってきた母親の直感が、娘の心に何か大きな変化が起きていることを察していた。
その夜、ドラマ発表会のニュースは一斉に報じられた。
裕奈と遼のカップリングに対するファンの期待は高まり、SNSでは二人のビジュアルや共演に絶賛の声が溢れていた。
だが、その華やかな報道の裏で、裕奈の心は静かに揺れていた。
「私はこれでいいのかな……。このまま、一人で輝き続けていけるのかな……。」
渉を遠ざけたことで生まれた空虚感。
それを埋めようとするかのように仕事に没頭してきたが、その思いは日増しに強くなるばかりだった。
そんな裕奈を、遼は黙って見守っていた。
「君は一人で輝ける人だ。でも……もしそれが辛いなら、僕が支えるよ。」
遼の言葉が、裕奈の心の奥に静かに響いていく。
一方、渉は仕事の合間にも、自分自身と向き合い続けていた。
「自分が輝くって、どういうことなんだ……。」
紗良やスタッフたちが自分に寄せる信頼。
そして、中学時代に裕奈に誓った「輝く」という約束。
それを果たすためには、自分がどうあるべきかを考え続けていた。
そんな中、ふと目にしたのは、ドラマ制作発表会のニュースだった。
そこには、笑顔で並ぶ裕奈と遼の姿が映し出されていた。
その光景を見た渉の胸に、再び湧き上がる感情があった。
「俺は本当に、裕奈の隣に立てる人間なんだろうか……。」
渉の心の葛藤は、まだ終わりを迎えてはいなかった。
☆
裕奈の不調は、次第にスタッフの間でも噂になるようになっていた。
撮影現場での集中力の低下、時折見せるぼんやりとした表情。
そして何よりも、「裕奈らしくない」演技が散見されるようになっていた。
「……ねえ、最近の裕奈ちゃん、ちょっと様子が変じゃない?」
メイクルームの隅で、メイク担当の女性がもう一人のスタッフにそっと囁いた。
「うん。なんか、気持ちが入ってないというか……前はシーンに入るとピンと空気が変わったのに、最近はそれがないよね。」
「そうそう。それに、台詞も妙に噛んだりするし、リハのときもミスが増えた気がする。」
「疲れてるのかな?」
渉はふと足を止めた。
メイクルームの入り口近くでその会話を耳にしてしまったのだ。
「でも、裕奈ちゃんってめちゃくちゃプロ意識高いじゃん?どんなに忙しくても、絶対にそんなミスしなかったのに……。」
「うん、それが気になるんだよね。ほら、前にあったドラマのときなんて、寝る時間削ってまで役作りしてたのに……今は、なんていうか……集中しきれてないっていうか……。」
渉の胸がざわついた。
ーー裕奈が、集中できていない?
「そういえば、今日メイクしてるときも、すごくぼんやりしてたんだよね。何か考え込んでる感じだった。呼んだら『あ、ごめんなさい』ってすぐに笑ってたけど……。」
「無理してるのかな……。」
――何かがおかしい。
渉はその日、事務所に戻るといつも通り仕事をこなした。しかし、心の中で湧き上がる不安は消えるどころか、ますます大きくなっていった。
裕奈に何があったのか。
その答えを知るためには、彼女と直接向き合うしかない。




