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高校生編5(side渉3・遠のく輝き)

夏の暑さが少しずつ増す頃、渉にとって忘れられない出来事があった。


練習後、監督に呼ばれた渉は、ミーティングルームに足を踏み入れた。

そこには見慣れないスーツ姿の男性が座っていた。


「久住、紹介しておく。Jリーグのスカウトの方だ。」


その言葉に、渉の心臓が大きく跳ねた。


「はじめまして。〇〇ユナイテッドのスカウトをしている葛木です。」


名刺を受け取りながらも、渉の頭の中は混乱していた。まさか、自分にスカウトが来るなんて――。


「君のプレー、ずっとチェックしていたよ。視野の広さやゲームメイク力は、高校生の中でも群を抜いている。ボランチとしての判断力もいいし、何より献身的なプレースタイルが魅力的だ。」

淡々とした口調ながら、その言葉の一つ一つが渉の胸に深く刺さる。


「将来的にプロを考えているなら、うちの下部組織でプレーしてみる気はないか?」


渉の目の前が、ぱっと開けたような気がした。


「……本当に、俺が?」

「もちろん。ただ、もっとフィジカルを鍛える必要がある。技術や判断力は申し分ないが、プロの舞台では当たりの強さや持久力も求められる。まだフィジカルは足りないが、しっかり体を作れば、十分やっていけるはずだ。」


渉は強く頷いた。


「はい。もっと鍛えて、必ずそのレベルに到達してみせます。」


その日から、渉の練習への熱はさらに高まった。誰よりも早くグラウンドに来て、誰よりも遅くまで残った。

筋トレの負荷を上げ、フィジカル強化にも力を入れた。


だが、その代償は確実に彼の身体を蝕んでいた。


ランニングを終えた渉は膝に違和感を覚えた。じんわりと広がる鈍い痛み。

だが、それを無視してスパイクを履き替え、ボールを蹴る。


「このくらい、大丈夫。」


痛みは練習中も続いたが、渉は気にしなかった。いや、気にしようとしなかった。

今ここで立ち止まるわけにはいかない。もっと成長しなきゃ、プロの世界には届かないんだから。


そう言い聞かせながら、渉は限界を見ないふりをして、走り続けた――。




そんなある日の放課後、渉は部活後に真由と二人で帰ることになった。


真由は渉の横を歩きながら、何かを言いたそうにしていた。

しばらく黙っていた真由が、ふいに口を開いた。

「先輩、最近、無理してませんか?」


渉は驚いて彼女の顔を見た。

「どうしてそう思う?」

「練習中も、終わった後も、いつも右膝を気にしてる。私、見てました。先輩が頑張ってるの、すごいと思う。でも、そんなに無理しないでほしい。」


渉は一瞬、どう答えればいいかわからなかった。自分の限界を誰にも知られたくなかったし、何より真由に心配をかけたくなかった。


「平気だよ。これくらい、慣れてるから。」

そう言って笑顔を見せる渉に、真由は少し寂しそうな顔をした。


「先輩が何か大きな目標を持って頑張ってるのはわかる。でも…私にも、少しは甘えてほしいな。」

真由の言葉に、渉は一瞬、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。


しかし、その後すぐに「俺はもっと輝かなくてはならない」という思いが心を占めた。


「ごめん。でも、俺、もう少しだけ頑張りたいんだ。」


真由は寂しそうにうなずきながら、渉の手を握った。

「私、先輩を支えるから。」


渉はその言葉に感謝しながらも、どこか心の奥で引っかかる感情があった。


それが何なのか、彼自身、まだ気づくことはなかった。





高校3年の夏。主将として迎えた練習試合の日。

渉はこれまで通り、チームの中心としてピッチを駆け回っていた。

試合序盤、チームは相手を圧倒しており、渉自身も好調だった。


だが、後半15分――その瞬間は突然やってきた。


相手選手と何でもない接触プレー。

渉は右膝をひねる形で倒れた。最初は痛みを感じなかった。

だが、倒れた瞬間に聞こえた「プチッ」という嫌な音が耳に残っていた。


「立てる、大丈夫だ…」


そう自分に言い聞かせて立ち上がろうとしたが、右足に力を入れるたびに膝が崩れ落ちる。

チームメイトや監督が駆け寄り、渉を支えながらベンチへ運んだ。


その日の午後、渉は監督に連れられて病院へ向かった。


診察の結果、医師の口から告げられた言葉は、渉の心を深く抉った。

「右膝の前十字靭帯が完全に断裂しています。手術が必要です。復帰までには最低でも8ヶ月はかかるでしょう。ただーーー完全に元に戻るかもわかりません。」


8ヶ月――高校サッカーの舞台で輝くことを目指してきた渉にとって、それは実質的に引退を意味していた。


医師の説明が続く中、渉の耳にはその言葉が遠く感じられた。

自分がどれほど努力してきたか、どれほどこの瞬間を目指してきたかが、音もなく崩れていくのを感じた。


「俺の……輝きが…遠のいていく……」


診察室の帰り道、渉は無言だった。

監督が何か声をかけてくれたが、返事をする気力さえなかった。





その夜、渉は自宅で横になっていた。

右膝にはギプスが巻かれ、明日以降の手術やリハビリのスケジュールが頭をよぎる。

しかし、その先に希望を見いだすことはできなかった。


突然、携帯が鳴った。画面には「真由」の名前が表示されていた。


「渉先輩、大丈夫ですか?」


電話越しに聞こえる真由の声は震えていた。渉はできるだけ平静を装おうとしたが、心の内は張り裂けそうだった。


「うん、大丈夫。ちょっと長い休憩が必要みたいだけど…なんとかなるよ。」


しかし、その声にはいつもの明るさがなかった。

それを察した真由は言葉を慎重に選びながら話し始めた。


「先輩、私…何もできないけど…そばにいてもいいですか?」


渉は一瞬、彼女の言葉に救いを感じた。

しかし、その後すぐに「自分はもう彼女に応えられない」という思いが胸を刺した。


「ありがとう。でも…今は一人にしてほしい。ごめん。」


その言葉に真由は黙り込んだ。

渉は彼女の沈黙がどれほど自分を傷つけているかに気づきながらも、もう一歩も前に進む気力がなかった。


電話を切った後、渉は天井を見つめながら呟いた。


「俺は…こんなところで終わるのか……?」


その夜、渉の胸には絶望だけが重くのしかかっていた。

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