高校生編1(side裕奈1・恋をしてる時間はない)
中学を卒業した裕奈は、芸能活動の幅を広げながらも次のステージへと進んでいた。
松永社長が率いる大手事務所への移籍が決まり、彼女の活動はますます本格化していった。
新しい事務所では大きな仕事が次々と舞い込み、裕奈は忙しい日々を送っていた。
そんな中、芸能活動に理解のある高校の芸能コースへと進学が決まった。
高校では友達もでき、放課後には撮影やレッスンに追われながらも充実した日々を送る裕奈。
彼女の周りには同じように夢を追う仲間たちがおり、学校生活は新鮮で刺激的だった。
個性豊かな仲間たちに囲まれながら、撮影やレッスンに追われる日々を送っていた。
周りには俳優やモデルを目指す生徒たちが多く、自然と夢や目標を語り合うことも増えていた。
そんなある日の昼休み。
教室の窓際で、女子数人が円になって座り、楽しげに話していた。
「ねえねえ、裕奈は好きな人とかいないの?」
仲の良いクラスメイトの一人が、笑顔で裕奈に問いかける。
裕奈は少し驚いた表情を見せながらも、曖昧に微笑んだ。
「え、好きな人…? うーん、どうだろう。」
「えー、なにそれ! はぐらかしてる?」
別のクラスメイトが身を乗り出してくる。
「そんなことないよ。」裕奈は苦笑しながら首を振る。
「ただ、今は仕事でいっぱいいっぱいだから、そういうの考える余裕がなくて。」
「でも、そういう時こそ誰かに支えてほしくならない?」
「恋愛してるほうが演技にも幅が出るって言うしね。」
「確かに。でも、裕奈ってそういう話あんまりしないよね?」
クラスメイトたちの興味津々な視線を受けながらも、裕奈は静かに笑ってごまかした。
「でも、子どもの頃とかに初恋とかあったんじゃないの?」
その言葉に、裕奈はふと記憶の奥にしまい込んでいた幼い日の出来事を思い出す。
「初恋…って言えるのかわからないけど、小学校の頃に、よく助けてくれた幼馴染がいたかな。」
自然と渉のことを思い浮かべた裕奈は、少し照れくさそうに続けた。
「その子、いつも私を守ってくれて、ヒーローみたいな存在だったんだ。」
「えーっ、なにそれ!めっちゃいい話じゃん!その幼馴染と今でも会ってるの?」
クラスメイトたちが一斉に盛り上がる中、裕奈は少しだけ視線を伏せて答えた。
「ううん、中2の時に転校してからもう会ってない。でも、なんていうか…私が今ここで頑張れてるのは、その子のおかげでもある気がする。」
「なんかロマンチック!いつかその幼馴染と再会して恋に発展とか、ドラマみたいじゃない?」
冗談めかして言うクラスメイトに、裕奈は苦笑いしながら答えた。
「そんなの、わからないよ。でも、もし会えたら…きっとお礼を言いたいかな。」
そう話しながらも、裕奈の胸の奥に、渉との再会をどこかで期待している自分がいることに気づいていた。
恋バナを楽しむクラスメイトたちの笑顔を見ながら、裕奈は心の中でそっとつぶやく。
「いつか…会いたいな、渉。」
それは、誰にも言えない彼女だけの小さな願いだった。
☆
裕奈が高校2年の初夏、芸能科のクラスメイトである三浦蓮から告白された。
蓮は爽やかな雰囲気の持ち主で、若手俳優として注目され始めていた。
同じクラスということもあり、撮影現場で顔を合わせることも多かった。
放課後、校舎裏に呼び出された裕奈は、真剣な眼差しを向ける蓮と向き合っていた。
「裕奈、前からずっと好きだったんだ。俺と付き合ってほしい。」
直球の告白。しかし、裕奈の答えは決まっていた。
「ごめんなさい。」
蓮の表情が少し強張る。
「……理由を聞いてもいい?」
「今は仕事が一番大事だから。」
裕奈の声は落ち着いていた。感情をあまり表に出さず、静かに断る。
それは、これまでに何度か経験した「好意を向けられること」に対する、彼女なりの対処法だった。
「そっか……分かった。」
蓮は少し寂しそうな笑みを浮かべるとそれ以上何も言わず、静かにその場を去った。
裕奈はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
(恋愛している時間なんて、私にはない。)
それは半ば義務のようなものだった。
母の言葉を思い出す。
「一度大切なものを選んだら、簡単には手放せない。それが、この世界のルールよ。」
周囲のスタッフやファンの期待、自分自身が築いてきたキャリア。
それらを守るためには、プライベートに時間を割く余裕なんてない。
そう納得しながらも、どこか小さな違和感が胸の中に残った。
☆
その数日後、裕奈のマネージャーである佐藤から、結婚するという話を聞いた。
「えっ、結婚するんですか!?」
裕奈は驚き、思わず声を上げた。
「そうなんだ。ずっと付き合ってた相手がいてね、ようやく決心がついたんだよ。」
佐藤は照れくさそうに笑った。
仕事一筋のように見えていた彼が、実は長年連れ添った相手がいたことに、裕奈は驚いた。
「すごいなぁ……結婚かぁ……。」
ぽつりと呟いた言葉に、自分でも驚くほどの羨望が混じっていた。
結婚なんて、遠い世界の話だと思っていた。
でも、身近な人が結婚するのを聞くと、少しだけ現実味を帯びる。
(もし、私が結婚するとしたら……)
そんな考えが一瞬頭をよぎった。
次の瞬間、ふと渉の顔が浮かんだ。
「……は?」
自分の思考に驚き、頭を軽く振る。
(なんで今、渉の顔が浮かんだの?)
確かに、彼とは小さい頃からの知り合いだった。
自分を「可愛い」と言った最初の人であり、芸能界を目指すきっかけをくれた人。
でも、それだけのはずだ。
(何考えてるの、私。)
無理やり考えを振り払うように、裕奈は強く首を振った。
「裕奈さん?」
「い、いえ、なんでもないです!」
佐藤に怪訝そうな顔をされ、慌てて取り繕う。
しかし、その日一日、頭のどこかで渉の顔が離れなかった。




