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中学生編4(永遠の約束)

裕奈が渉の家のインターホンを押したのは、暑い夏が少し落ち着く夕方だった。

日が傾き始め、橙色の光が街を優しく包んでいる。

アスファルトは昼間の熱をまだ残していて、じんわりとした温もりが足元に伝わる。


どこからか蝉の声がかすかに聞こえ、時折吹く風が、火照った空気をほんの少しだけ冷ましていた。


玄関のドアが開き、渉が姿を現した。


スポーツウェア姿の彼は、練習帰りなのか少し汗ばんでいる。

濡れた髪が額に張り付き、日焼けした肌が夕陽を浴びて、どこか大人びた雰囲気を醸し出していた。


「裕奈? 久しぶり。」

渉は照れくさそうに笑い、裕奈を見つめた。


二人は近くの公園へ向かい、ベンチに座った。

裕奈は膝の上で手を組みながら、意を決して話し始めた。


「私……東京に引っ越すことになったの。」


渉は一瞬、驚いたように目を丸くしたが、すぐに冷静を装った。

「そうなんだ……いつ?」


「来月の初めくらい。」

裕奈は小さな声で答えた。


しばらくの沈黙の後、裕奈の目から大粒の涙が溢れた。


「渉……私、本当は行きたくないよ。ここにいたい。でも、お母さんの言う通りだって分かってる。私、もっと頑張らなきゃって……でも、皆…渉と会えなくなるのが……すごく寂しいの。」


渉は驚きながらも、そっと裕奈の肩に手を置いた。

「裕奈……俺も寂しいよ。でもさ、裕奈の夢、俺は応援してるから。」


裕奈は泣き顔のまま渉を見上げた。その目に宿る真剣な光を見て、渉は静かに言葉を続けた。


裕奈は涙を拭きながら、震える声で口を開いた。


「渉、私ね……もっともっと輝いてみせる。いつかまた会ったとき、渉が私を見て『すごい』って思えるくらいに。」


渉は聞いて、一瞬驚いたような顔をしたが、やがて小さく笑みを浮かべた。

そして、その言葉を真剣に受け止めた。そして、力強く頷く。


「俺ももっと輝くよ。輝いてすごい人になる。裕奈が誰にも負けないくらいすごい人になったら、俺もちゃんと追いつけるように…裕奈の横できちんと支えられる様に頑張る。」


二人は顔を見合わせ、小指を絡めて笑い合った。


「約束だよ。」

「うん、約束。」


その瞬間、二人の心に生涯消えない絆が刻まれた。


引っ越し当日、裕奈の家の前には見送りに来た渉が立っていた。荷物を詰め込んだ車が準備を整え、千鶴が出てくる。


最後に裕奈が家を出ると、渉は真っ直ぐ彼女を見つめた。


「裕奈、頑張れよ。絶対また会おうな。」


裕奈は笑顔を作りながら、涙をこぼしていた。

「渉も頑張ってね。また絶対に会おう!」


車が動き出すと、渉はその場から一歩も動かず、車が見えなくなるまで手を振り続けた。そして小さくつぶやいた。


「裕奈……またな。」


その言葉は、未来への誓いだった。




裕奈が東京へ引っ越した後、彼女の人生は大きく変わり始めた。


中学3年の秋、彼女はある巨大オーディションを受けた。

そして――グランプリを受賞。

松永が代表を務める芸能事務所に所属することが決まった。


事務所での初めての面談の際、松永は言った。

「芸名をどうするか考えておいて」


芸能活動をするにあたって、本名ではなく芸名を使うのは珍しくない。

とくに、イメージを重視する若手女優には、華やかな響きを持つ芸名が与えられることも多い。


松永は何通りかの候補を挙げてみせた。


裕奈はしばらく黙っていた。

芸名――新しい名前。


「……私は、本名のままがいいです」

彼女の声ははっきりとしていた。


松永は少し驚いたように眉を上げた。

「どうして?」


裕奈は言葉を選びながら、静かに答えた。


「いつか……ちゃんと輝けるようになった時、私が私のままでここにいるって、伝えたい人がいるから」


それが誰なのかは言わなかった。

けれど、その想いが本物であることは、松永にも伝わった。


「……なるほど。なら、本名のままでいこうか」

松永はそれ以上、何も言わなかった。


その後、裕奈はスクリーンの中で、舞台の上で、眩い光を放つようになった。

その名前のままで――高宮裕奈のままで。


ーいつか、彼に届くようにー


このオーディションで才能を認められた裕奈は、次々とドラマや映画に出演し、徐々に芸能界での地位を築いていった。


「高宮裕奈」の名前は世間に知られるようになり、彼女は「国民的女優」として輝きを放ち始めた。


そんな華やかな日々の裏で、裕奈は渉との約束をずっと心の中に抱え続けていた。


忙しいスケジュールに追われながらも、ふとした瞬間に渉との約束を思い出す。

裕奈は携帯電話を持っておらず、渉と連絡を取ることは叶わなかった。


それでも彼女は、いつか再会したときに胸を張れるよう、全力で夢を追いかけた。




一方、渉もまた、裕奈に追いつくべく自分の道を歩んでいた。

サッカー部での練習にさらに熱が入り、持ち前の努力とリーダーシップでチームを引っ張った。

裕奈との約束を胸に、彼もまた「もっと輝く」ことを目標にしていた。


そんなある日、渉の家ではテレビのリビングから裕奈の姿が流れていた。

ドラマのワンシーンで堂々とした演技を披露する裕奈の姿に、母親は感心したように声を上げた。


「この子、すごいわねぇ……あれ。渉、この子、もしかして昔よく一緒に遊んでた裕奈ちゃんじゃない?」


渉は一瞬テレビを見つめた後、小さく微笑んで答えた。

「うん、そうだよ。」


母親は目を丸くして感嘆した。

「あの子可愛かったものねぇ……。それにしても、あの小さかった裕奈ちゃんが……こんなに有名になるなんて、本当にすごいわ。」


渉は何も言わず、ただ画面の中の裕奈を見つめ続けた。その瞳には尊敬と同時に、どこか寂しさも混じっていた。


(裕奈……頑張ってるんだな。)


渉は心の中でそうつぶやきながら、テレビを見つめる手をぎゅっと握りしめた。


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