中学生編1(微妙な距離感)
渉、裕奈ともに地元の中学に上がり、新しい環境に馴染むための慌ただしい日々。
渉と裕奈はクラスが別々になり、話す機会も少し減っていた。
それでも、廊下や放課後に顔を合わせると自然と会話が弾んだ。
中学1年生になって少し経ったある日、放課後の教室での出来事だった。
渉は部活の準備をするため、早めに荷物をまとめていた。そこに裕奈が現れた。
「ねえ、渉くん、今日も部活?」
渉は振り向き、少し驚いたような表情を浮かべた。
中学に上がってから、裕奈がこうして話しかけてくることが増えていたが、彼女が「渉くん」と呼ぶたびに少しだけドキッとするのを自覚していた。
「ああ、そうだよ。高宮は?今日も撮影?」
「うん、でも少し時間が空いたから、渉くんに会いに来たの。」
その言葉に渉は思わず赤面し、目をそらしながら答えた。
「そ、そうか…。なんだか忙しそうだけど、無理するなよ。」
裕奈は少し微笑みながら言った。
「ありがとう。でもね、私、ずっと気になってたことがあるの。」
「え?何?」
裕奈は少しだけ目を伏せてから、真っ直ぐに渉を見つめた。
「渉くんさ、中学に入ってから私のこと『高宮』って呼ぶよね。小学校のときみたいに『裕奈』って呼んで欲しいな。」
その言葉に渉は一瞬言葉を失った。
裕奈の真剣な表情を前に、気まずそうに頭を掻く。
「いや、別に嫌ってわけじゃないんだけどさ…周りの目があるから、なんか恥ずかしくて。」
「なんで?別に周りの目なんて気にする必要ないでしょ?私たち、小学校の頃からずっと仲良しだったじゃん。周りの目なんか関係ないよ。私は渉くんにだけ名前で呼んでほしいの。」
「渉くんにだけ」と言う言葉に少しドキッとする。
「そりゃそうだけど…」
裕奈は少しむくれたように渉を見つめた。
「じゃあ、私も『渉くん』って呼ぶのやめるよ?ただの『渉』にするからね。」
渉はその宣言に驚いて目を丸くした。
「え、いきなり呼び捨てかよ!」
「だって私のこと名字で呼ぶの、なんか冷たく感じるんだもん。だったら対等にしようよ、ね?」
裕奈の勢いに負けた渉は苦笑いしながら肩をすくめた。
「分かったよ……裕奈。」
その瞬間、裕奈の表情がぱっと明るくなった。
「うん、それでいい!渉もその方が似合ってるよ。」
裕奈は満足そうに笑顔を見せた。
渉は少し照れたようにそっぽを向きながら、つぶやいた。
「なんだよそれ……裕奈には勝てないな。」
こうして、二人の呼び名は「渉」と「裕奈」に変わった。
周りの目を気にしていた渉だったが、それ以降、自然と彼女を「裕奈」と呼ぶことに慣れていった。
そして、二人の間にはそれまで以上に親しみが溢れるようになっていった。
⭐︎
中学に上がった裕奈は、さらに美しさを増し、学校中の注目の的となっていた。
元々整った容姿に加え、芸能活動を通じて洗練されていく振る舞いが、同世代の誰よりも際立っていた。
学校でも男子から告白を受けることが増えていったが、裕奈はそのたびに首を横に振った。
「ごめんなさい、私、芸能活動に専念したいの。」
彼女の心にはいつも、渉と交わした「もっと輝いて、たくさんの人を笑顔にする」という約束があった。
誰かと付き合うという選択肢は、彼女にとってその夢への障害のように思えたのだ。
一方の渉も、中学ではサッカー部に所属し、レギュラーとして活躍していた。
小学校時代からのリーダーシップはそのままに、部の中心として周囲からの信頼を集めていた。
彼の穏やかで面倒見のいい性格は、部員だけでなく、他の女子からも好感を持たれ、しばしば告白を受けるようになった。
⭐︎
夕暮れの教室。部活が終わった後、渉と裕奈を含む数人の男女が集まり、のんびりと雑談をしていた。
窓の外には茜色の空が広がり、校庭の片付けをする部員たちの声が遠くから聞こえる。
裕奈は制服姿のまま机に肘をつき、微笑んで男子たちの話に耳を傾けていた。
渉は窓際に寄りかかりながら、少し気だるそうにしつつも、時折突っ込みを入れて場を盛り上げている。
「で、さ、結局どの子がタイプなんだよ?」
クラスのムードメーカーの一人で、小学校からの幼馴染・隆也が笑いながら男子たちに問いかける。
「お前が聞くなよ!お前こそ誰が好きなんだっての!」
男子たちは隆也の発言に一斉に突っ込み、教室は笑い声に包まれる。
千佳が少しおかしそうに笑いながら言った。
「男子って、こういう話になると本当に盛り上がるよね。」
すると、隆也がすかさず返す。
「女子だって同じだろ?結局、誰がカッコいいとか、好きだとか話してるんだろ?」
「まあ、それはね。」千佳は微笑みながらさらりと答える。
すると、隣に座っていた奈々が裕奈に振り向き、少し照れくさそうに言った。
「でも裕奈、そういう話されるの多いでしょ?だって芸能人だし、めっちゃ可愛いし!」
その言葉に、千佳も大きく頷く。
「本当それ!男子が裕奈のこと話してるの、しょっちゅう聞くよ!」
「やめてよ~。」裕奈は思わず頬を赤らめながら、手を軽く振った。
「そういうの、恥ずかしいじゃん。」
「でもさ、裕奈は誰か好きな人いるの?」
女子たちが急に詰め寄ると、男子たちも興味津々の表情で耳を傾ける。
「えっ?」
裕奈は明らかに困惑し、ちらりと渉の方を見たが、渉は知らないふりをして窓の外を見ている。
「ほらほら、誰か気になる人いるの?言っちゃえ!」
女子たちは容赦なく追及する。
「えっと……そ、それは秘密!」
裕奈は頬を赤らめながら笑い、なんとか話を逸らそうとした。
「ずるいなぁ、そういうとこも可愛いんだよな。」
隆也が茶化すと、渉がようやく口を開いた。
「おい隆也、お前が言うと軽く聞こえるんだよ。」
場の空気を壊さない絶妙なタイミングで突っ込みを入れる渉に、教室は再び笑いに包まれる。
「じゃあ渉は?」
話の流れで、今度は渉に視線が集まる。
「俺?」渉は少し驚いたように眉を上げた。
「別に、特定の誰かってわけじゃないけど……。」
少しだけ間を開けてから、さらりと言葉を続ける。
「ちゃんと自分のことを分かってくれる子がいいかな、とは思うけどな。」
その発言に女子たちは一瞬静かになり、顔を見合わせた後、一斉に歓声を上げる。
「渉って意外と真面目なんだ!」
「そういうのいいよね~。」
裕奈は渉の発言を聞きながら、自分の胸が少しざわつくのを感じていた。彼の言葉は特別な意図を持ったものではないのだろうけど、なぜか気になって仕方がない。
一方で男子たちは渉を茶化し始める。
「ほらほら、渉も意外と恋愛に興味あるんだな!」
「どうせモテモテなんだから、もっと余裕持てよ!」
渉は面倒くさそうに肩をすくめたが、少しだけ頬を赤くしているのが見えた。
教室の中は夕日の赤い光に包まれ、恋バナの熱気でさらに温かく感じられる。
裕奈は笑いながらも、渉の横顔をふと見つめ、密かに彼の言葉の真意を考えていた。




