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絡み合う感情編9(終・紗良の告白)

渉と紗良は、夕暮れの街を歩いていた。

撮影現場を離れ、迎えの車が来る場所へ向かっていたが、渉の心はどこか落ち着かない。


裕奈とのあの別れの光景が、頭の中で繰り返し再生されていた。

彼女の「紗良ちゃんの事だけ考えて」という言葉、その裏に何が隠されていたのか、渉には分からなかった。

ただ、その言葉を思い出すたびに胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「久住さん、何か考え事してますね?」


隣を歩く紗良が微笑みながら話しかけてきた。

渉はハッとして彼女の方を向いた。

「ああ、ごめん。少しぼんやりしてた。」


「ふふ、大丈夫ですよ。渉さん、いつもお仕事頑張りすぎですから。」

紗良はそう言うと軽く笑い、ふと立ち止まった。

渉は彼女に倣い、足を止めた。


「渉さん……少しだけ、私の話を聞いてくれませんか?」

その声は、いつもと違い真剣だった。


渉は彼女の目を見つめると、小さく頷いた。

「もちろん。何だい。」


紗良は一瞬、視線を足元に落としたが、意を決したように顔を上げた。


しかし、次の瞬間――


「……ごめんなさい。」


囁くような言葉とともに、紗良は一歩踏み出した。

そして、渉が何かを言う間もなく、そっと背伸びをして彼の唇に触れた。


一瞬の出来事だった。


触れたのはほんの一瞬。

しかし、その短い時間の中で、渉の心臓は大きく跳ねた。

驚きに目を見開く渉の前で、紗良はゆっくりと後ろに下がり、少し強張った表情で彼を見つめる。


「……今のは、ずっと我慢してた私の気持ちです。」


微かに震えた声が、静かな空間に落ちた。


渉はまだ状況を整理しきれず、ただ紗良を見つめるしかなかった。

そんな彼の反応を受けて、紗良は小さく息を吸い込むと、改めて口を開いた。


「渉さん、私……ずっとあなたに伝えたいことがあったんです。」


渉は動揺を押し殺しながら、紗良の言葉を待った。


「私は、渉さんのことが好きです。」


紗良は渉の目をまっすぐに見つめながら、続ける。


「渉さんがどれだけ周りの人を支えているか、ずっと見てきました。私も、渉さんに支えられて、ここまでやってこれた。本当に感謝してます。でも……それだけじゃないんです。」


彼女は少しだけ声を震わせながら言葉を続けた。


「渉さんが私にくれる言葉、気遣い、全部が私にとって特別なんです。渉さんがいるだけで、私の世界がもっと明るくなる。」


渉はその言葉を聞きながら、心の中で何かがざわつくのを感じた。

しかし、そのざわつきの中心には、裕奈の影が色濃く残っていることに気づいた――。


紗良の気持ちは痛いほど伝わってきた。

しかし、渉にはまだ答えが出せなかった。


「紗良さん……」


渉は暫くの間沈黙した後、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「その気持ちを言ってくれてありがとう。正直、今の僕は君の想いにどう答えたらいいのか分からない。」


紗良は渉の答えを予感していたのか、静かに頷いた。

そして、小さく笑みを浮かべながら、こう言った。


「それでもいいんです。答えは今じゃなくても。私……もっと自分が輝けるようになった時に、もう一度渉さんに答えを聞かせて欲しい。」


彼女は少し照れくさそうに笑いながら続けた。

「その時、渉さんの横に立っていられるようになりたいです。」


ーーその言葉を聞いた瞬間、渉の脳裏に一つの記憶が蘇った。


それは、裕奈が転校する時の中学2年の夏の日。

裕奈が、まだ小さく頼りない声で言った言葉。


「渉、私ね……もっともっと輝いてみせる。いつかまた会ったとき、渉が私を見て『すごい』って思えるくらいに。」


その言葉を聞いた自分は、笑いながらこう答えた。


「俺ももっと輝くよ。輝いてすごい人になる。裕奈が誰にも負けないくらいすごい人になったら、俺もちゃんと追いつけるように……追いついて、裕奈の横できちんと支えられる様に頑張る。」


――その約束を、渉は完全に忘れていたことに気づいた。


紗良の言葉が、あの日の自分の決意を呼び覚ましたのだ。

渉は息を呑み、しばらく動けなかった。


「渉さん?」


紗良が不思議そうに問いかけた。

渉は我に返り、彼女に微笑みながら小さく頷いた。

「ありがとう、紗良さん。君が言ったように、答えを出す時が来たら、きちんと答えを伝えるよ。」


紗良はその答えに満足したように微笑んだが、渉の胸には重い決意が宿っていた。

「俺はどうすれば、もう一度裕奈の隣に立てるんだろう……。」


渉はその思いを抱えながら、紗良と共に迎えの車へと歩き出した。

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