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絡み合う感情編5(遼の告白)

裕奈は控え室のソファに座り、台本を手にしていたが、集中しきれない自分に気づいていた。


千鶴や住吉のサポートは的確で、スケジュールも順調にこなせている。

それなのに、どこか満たされない感覚が胸にしこりのように残っていた。


「どうしたんです?」住吉が声をかけてきた。

「……いえ、何でもありません。」裕奈は微笑みを作りながら首を振った。


その日は大きな撮影スタジオで、複数の芸能人が参加する番組の収録があった。

裕奈は待ち時間の間に少し休もうと廊下に出た。

ふと耳に入ってきた楽しそうな声に、彼女は足を止めた。


曲がり角から聞こえてきたのは、紗良と渉の声だった。


「それで、次はどうしたらもっと良くなると思いますか?」

紗良が真剣な表情で渉に尋ねる声が聞こえる。


「うーん、たとえば次の振り付けのここ、少しテンポを変えたらもっと観客に響くんじゃないかな。」

渉は軽く手を振りながら紗良に提案しているようだった。


「なるほど!確かに!すごいですね、渉さん!」

紗良の声には純粋な喜びが滲んでいた。


裕奈は角からそっと覗いた。

そこには、渉と紗良が並んで立ちながら、笑顔で話している姿があった。

渉の表情は穏やかで、紗良もそれに応えるように輝いて見えた。


胸がざわつく。

自分が彼に声をかけられるのをずっと待っていたのに、最近はその声を聞く機会が少なくなってしまった。

紗良と一緒にいる渉を見て、胸の中に小さな痛みが走る。


「どうして…?」裕奈は小さくつぶやいた。

何故渉が紗良のそばにいるのか。何故自分はこんなに胸が締め付けられるのか。


「裕奈さん、もうすぐ収録の準備です。」背後から住吉の冷静な声が聞こえた。

「あ、はい…」裕奈は慌てて声のする方を向き、気を取り直そうとするが、胸のざわつきは収まらないままだった。


笑顔を浮かべる二人の姿が、いつまでも頭から離れなかった。

裕奈は楽屋で一人鏡を見つめていた。撮影の合間、短い休憩時間であるはずなのに、心は全く休まらなかった。


その夜、裕奈はベッドに横たわりながら考えていた。


「……私は、もっと輝かないといけないんだよね。」

そう呟いてみても、胸に刺さる空虚感は消えなかった。


今や誰もが知る国民的女優として、裕奈は周囲から絶大な信頼を寄せられている。

それでも渉の不在が、彼女に奇妙な欠けた感覚を生じさせていた。


(私がもっと輝ければ、渉もまた振り向いてくれるのかな……?)

そう思い込もうとするたび、彼女の心は無理やり背を向けた感情に押し流されそうになる。

渉の隣に立ちたいという思い。それが、どうしても拭い去ることのできない本心だと気付きながらも、裕奈はその感情を強く否定し続けた。


(今の私は、輝くことが一番大事なんだから……。)


そう繰り返してみても、その言葉の奥にある「渉に見てほしい」という願いは、消えることなく彼女の中に居座り続けていた。




撮影の合間、遼はさりげなく裕奈の隣に立った。

共演者として並ぶ姿は自然だったが、その目線には深い洞察が込められていた。


「裕奈さん、少し肩の力抜いたら?」

台本を見つめていた裕奈は、突然の声に顔を上げた。遼は柔らかな笑みを浮かべている。

彼の軽やかな声には、不思議と安心感があった。


「私、そんなに力んでるように見える?」

裕奈は無意識に返すが、どこかぎこちなさが混じっている。


「見えるね。俺、結構そういうの気付く方だから。」

遼は冗談めかして言いながらも、目は真剣だった。

その視線が、裕奈の心の奥に触れてくる。


撮影が続く中で、遼は何度となく裕奈に声をかけた。

忙しさに押しつぶされそうな裕奈に、「ちょっと休憩しよう」「こういうときは深呼吸が一番だよ」と気軽に言葉を投げかける。

裕奈は最初、ただの社交辞令だと思っていたが、彼の言葉が妙に心に響くことに気付き始めていた。


ある日の撮影後、スタッフが解散し、裕奈が一人控室に向かおうとしていたとき、遼が声をかけた。


「一人で全部背負い込むの、しんどくない?」

その言葉に裕奈は思わず足を止めた。彼の言葉は優しく、それでいて核心を突いている。


「……私、そんなふうに見えてる?」

「うん。でも、君だけの問題じゃないと思うよ。誰だって支えが必要なんだから。」

遼はそう言って、ゆっくりと歩み寄った。

その言葉が、裕奈の中で抑え込んでいた何かを揺さぶる。


最近、渉が自分に割く時間が減り、不安や寂しさを感じることが増えていた。

それでも「もっと輝かなきゃ」と思い込み、自分を奮い立たせてきた裕奈だったが、遼の言葉はその無理を見抜いているかのようだった。


徐々に遼の存在は裕奈にとって心の拠り所のようになっていった。

彼の言葉はいつも温かく、どこか救いがあった。

渉のことを考えるとき、心に浮かぶ痛みを感じながらも、遼の優しさに触れるとその痛みが少しだけ和らぐのを感じた。


遼はその一方で、裕奈が渉に対して抱えている未練や感情を敏感に察していた。

あえてそれに触れず、静かに裕奈の心に入り込む余地を作る。


「俺は、君の味方だよ。」

遼がそう言ったとき、裕奈は不意に救われたような気がした。


それでも、その胸の奥にはまだ整理できない感情が渦巻いていることを自覚していた。




ある日の昼下がり、渉は紗良の撮影現場でのサポートを終え、次のスケジュールを確認しようと少し足を止めた。

そのとき、近くの別の撮影現場から聞こえてくる笑い声に思わず顔を向ける。


そこには、裕奈と遼が並んで話している姿があった。

遼が何か冗談を言ったらしく、裕奈は肩を軽く揺らしながら笑っている。

その表情には、いつものプロフェッショナルな顔つきではなく、どこか自然体で柔らかいものがあった。


渉はその光景を見て一瞬、足が止まった。

裕奈のそんな笑顔を見るのは久しぶりだった気がする。

しかし、その笑顔を引き出しているのが自分ではなく遼だという事実が、心の奥に小さな痛みを残す。


「自分がいない間に、裕奈は澤村さんに支えられているのかもしれない。」

そんな考えが渉の頭をよぎる。

遼が裕奈にとって頼れる存在になっているのだとしたら…

俺は今何をやっているんだろう、自分の存在意義は何だろう、と一瞬だけ迷いが浮かんだ。


だが、次の瞬間、渉は深く息を吸い込む。

「そんなことを考えている暇はない。」

彼は心の中で自分に言い聞かせた。


裕奈を本当に支えられる存在になるためには、今の自分ではまだ足りないのだ。

遼のように軽やかに、そして強く誰かを支える力が必要だと感じた。


渉はその場から目をそらし、紗良の次のスケジュールを確認するためにスマホを手に取った。

「もっと成長しないと。彼女の隣に立つには、まだまだだ。」

心の中でそう決意すると同時に、自分の感情を一度封じ込めることを選んだ。


紗良との仕事に追われる日々は続いている。


自分の中に芽生える焦燥感と、裕奈に対する思いは消えない。それでも渉は前を向き、彼女の隣にふさわしい存在になるために努力を続ける道を選んだのだった。




そんな中、共演中の遼が楽屋を訪ねてきた。

彼はいつものように軽やかな笑みを浮かべているが、その瞳は真剣だった。


「裕奈さん、少し休めてる?」

「ええ、まあ……。遼さんこそ、忙しいのに気を遣ってくれてありがとう。」


遼は裕奈の隣の椅子に腰を下ろし、静かに言葉を続けた。


「裕奈さん、無理しすぎてない? 君はもっと自由に輝いていいんだよ。そのためなら、僕がそばにいたいって思う。」


遼の言葉は、裕奈の胸に深く刺さった。

彼の優しさと温かな目に触れると、自然と心が和らいでいくのを感じる。

だが、同時に渉の姿が脳裏に浮かび、無意識に二人を比較している自分がいることに気づく。


「渉が支えになってくれたから、私はここまで来られた。でも……もう、渉は私を必要だと思ってないのかもしれない。」

その考えが心を占めるたびに、遼の存在が一層強く心に響くのだった。


遼は裕奈の迷いを感じ取ったのか、静かに言葉を紡ぐ。


「……もし、今の君が不安を感じているなら、俺がそばにいるよ。」

「え?」


裕奈が顔を上げると、遼はまっすぐな視線で見つめていた。

「君がどんな選択をしても、俺は君を隣で支えたい。君が笑っていられるように。……だから、無理しなくていい。頼ってほしい。」


その言葉に、裕奈の心が揺れた。


彼の気持ちはまっすぐで、迷いがない。

それは、今の渉とは正反対だった。


鏡の中の自分を見る裕奈の瞳には、迷いが浮かんでいる。


「私は、どうしたいんだろう……。」


自分の中に渦巻く感情と向き合うことができないまま、裕奈はただ俯くことしかできなかった。

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