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再会編4(ヒーローじゃない)

秋の澄んだ空気が大学の広いキャンパスを包んでいた。


先程は学生が多かったので、今度は人気のない時間を狙って訪れたつもりだったが、思ったよりも多くの学生が行き交っている。


「ここに渉がいる…はず。」


胸の奥で繰り返されるその言葉は、自分に勇気を与えるための呪文のようだった。

けれど、自分が行動しなければ、あの日の約束にたどり着けない。


小沢から渉の所属する学部を聞き出した裕奈は、目の前を通りかかった学生に声をかけた。


「すみません、教育学部の建物はどこにありますか?」

「教育学部?あっちの建物ですよ。」

通りかかった学生が裕奈に気付きかけるも、素早く謝意を伝えると、彼女は足を進めた。


学部にたどり着いても、彼がいるかどうか分からない。

次に何を聞けばいいのかも定まらないまま、それでも彼女は歩き続けた。


裕奈は、目立たないよう帽子を深くかぶり、校舎の入口を見上げていた。


「ここで間違いないはず……。」


裕奈は、慎重に校舎の中へと足を踏み入れた。

学生たちの中に紛れながら、渉の姿を探す。彼が歩いているはずの廊下を進むうち、視界の先に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


――渉だ。


「渉!」


思わず小声で声をかける裕奈。その声に、渉は立ち止まり、振り返る。目が合った瞬間、裕奈は小さく笑みを浮かべたが、渉の表情は強張ったままだった。


「……何でこんなとこにいるんだよ。」

渉は短く言い放つと、すぐに視線を逸らし、歩き出そうとした。


「待ってよ、話したいの。ずっと探してたんだから。」

裕奈は彼を追いかけ、肩越しに必死に語りかけた。しかし渉は足を止めず、低い声で言い返す。

「話すことなんてない。俺はもう、昔の俺じゃないんだ。」


その言葉に裕奈の動きが止まる。驚いたように彼を見つめた。

「変わったかどうかなんて私には分からないよ。それに、例え変わったからって話せなくなる理由にはならないでしょ?」


渉は一瞬、裕奈の言葉に答えられず足を止めるが、すぐに深く息をついた。

「俺は……あの頃の俺とは違う。お前のヒーローだった頃の俺とはな。」


裕奈はそれを聞いて眉を寄せる。

「ヒーローなんて、そんなのどうだっていい。渉が変わったって、私はこうして話したいと思ってる。それがそんなにおかしいの?」


その真っ直ぐな言葉に渉は少しだけ表情を揺らすが、すぐに顔をそらして言った。

「……俺は、変わったんだ。だから、昔みたいにはいかないんだよ。」


振り返ることなく、渉は足早にその場を去っていった。裕奈はその背中を見つめながら立ち尽くす。


彼が離れていくその後ろ姿に、小学校時代の思い出が重なった。

あの頃とは確かに違う。

でも、だからといって――


裕奈はそっと胸の前で拳を握り締めた。


「渉……どうしてそんなこと言うの?」


心の奥に小さな痛みを抱えながら、彼を追う決意を新たにするのだった。





帰宅後、渉は自室のベッドに倒れ込むように横になり、天井を見つめた。今日の出来事が頭の中で反芻される。


――裕奈。


久しぶりに聞いた名前、そして久しぶりに目の前で見た彼女の姿。頭を振って思い出を振り払おうとするが、記憶は勝手に蘇ってきた。


小学校時代、クラスメイトだった裕奈――


彼女はいつも教室の隅で、静かに座っていた。

話しかける子も少なく、彼女自身も周りに溶け込む様子はなかった。


その理由を、当時の渉はすぐに理解した。


裕奈は控えめで自己主張が薄く、目立つことを嫌うタイプだった。

母親が厳格で、放課後に他の子どもたちと遊ぶこともあまり許されていなかった。

さらに、非常に整った容姿を持つ彼女は、子どもたちの中で異質な存在として見られていた。


クラスメイトたちは密かに彼女を羨み、そして距離を取った。


――でも、俺は違った。


渉はあの頃、クラスの中心にいるような存在だった。

誰とでも分け隔てなく接し、時に騒がしいくらいの性格で、みんなのリーダーのような立場にいた。


裕奈が孤立しているのが、どうにも気になった。


「ねえ、何してるの?」

ある日、渉は休み時間に教室の隅にいる裕奈の元へ足を運び、気軽に声をかけた。


「……え?」


驚いた表情で振り返る裕奈。その小さな声に渉は笑いながら言った。


「そんなとこで一人でいるなんてもったいないよ。俺たちと一緒にサッカーやろうよ!」


裕奈は一瞬困ったような顔をしたが、渉は気にせず続ける。


「大丈夫だよ!みんな初めはやったことないんだし。それに、ただボールを蹴るだけでも楽しいから!」


戸惑いながらも、裕奈はその誘いに応じた。


その日から、裕奈の周りに少しずつ変化が訪れた。

渉が何かと彼女を気にかけ、クラスメイトたちにも「裕奈は俺のチームに入るから!」と明るく宣言したことで、彼女への視線が柔らかいものに変わっていった。


――あの時から、俺は裕奈を守りたいと思っていた。


「……もう、昔の話だ。」


渉は苦笑いを浮かべ、天井を見つめ直した。


一方、その頃ーー


同じくベッドに横たわる裕奈もまた、渉との出会いを思い返していた。


母親の厳格さ、友達を作る機会の少なさ、そして整いすぎた容姿への嫉妬と孤立。


裕奈にとって、小学校時代はいつも周囲に怯えていた時期だった。


そんな日々の中で、突然現れた渉――


「俺たちと一緒にサッカーやろうよ!」


笑顔で手を差し伸べてくれたあの時の渉の顔が、今も鮮明に浮かぶ。


彼は自分にとって、唯一の「ヒーロー」だった。


「渉……どうして逃げるの?」


彼の冷たい態度を思い返しながら、裕奈は目を閉じた。


「私にとって、あなたは昔から変わらない――ずっと、特別な人なのに。」


小学校時代の温かな記憶と、今の冷たい現実。

その間で揺れる想いを抱えたまま、裕奈は眠れぬ夜を過ごすのだった。

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