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絡み合う感情編2(紗良の恋)

収録が終わり、控え室でメイクを落としていた紗良は、ふいに目の前が霞むのを感じた。

立ち上がろうとした瞬間、足がふらつき、そのまま崩れるように倒れ込んだ。


「相沢さん!」

渉が真っ先に駆け寄り、彼女の身体を支える。顔色は青白く、額に触れると高熱があるのがすぐに分かった。


「熱が……すぐに病院に行きましょう。」


他のスタッフに手伝ってもらいながらタクシーを手配し、渉は紗良を病院へと連れて行った。


診察の結果、幸いにもただの風邪だった。

ただ、疲労から体力が落ちているために高熱が出たのだという。


「しっかり休めば回復しますよ。ただ、今はまだ体力が落ちているので、点滴を打っていきましょう。」

医師の言葉に、紗良は小さく頷いた。


点滴を受けるため、紗良はベッドで横になることになった。


渉は付き添いながら、紗良の様子を静かに見守る。

点滴を打たれている間、紗良は浅く眠ったり、目を覚ましたりを繰り返していた。

時折、苦しそうに眉を寄せる彼女に声をかけるべきか迷ったが、結局、そっと見守ることしかできなかった。

「……久住さん……?」

うわ言のように名前を呼ばれた気がしたが、渉は答えなかった。


やがて点滴が終わると、紗良は少し顔色を取り戻したものの、自分の足で帰るにはまだ厳しそうだった。


本来なら、他のスタッフと相談するのが筋だったが、気づけばもう周囲に誰もいなかった。


紗良が診察を受けている間に、今日の収録を担当していたスタッフやマネージャーはそれぞれ次の仕事へ向かい、いつの間にか病院に残っているのは自分だけになっていた。


渉は時計を見て軽く息をつく。

「……仕方ないか。」

ぼそりと呟きながら、渉はスマホを取り出し、タクシーを手配する。


タクシーに乗り込んだ後、紗良はふらふらと窓にもたれかかりながら、小さくつぶやいた。

「……ごめんなさい……。迷惑、かけて……。」

「気にしないでください。僕が送るのが一番確実ですし……。」


運転手に住所を告げながら、渉はちらりと隣を見る。

紗良の瞳はとろんとしていて、完全に意識が朦朧としているわけではないが、いつ眠ってもおかしくなさそうだった。


(こんな状態で一人で帰らせるわけにはいかないか。)

自分に言い聞かせるように思いながら、渉は再び前を向いた。


タクシーは、夜の街を静かに走っていった。

タクシーの中、紗良はふらふらと窓にもたれかかりながら小さくつぶやく。


「……ごめんなさい……お手数かけて。」


渉は助手席から振り返り、優しい声で答える。

「謝らなくていいんです。こういうときに支えるのが僕の仕事ですから。」


その言葉に、紗良の胸の奥がじんわりと温かくなった。


家に到着すると、渉は紗良の荷物を持ち、彼女を支えながら部屋へと入った。

渉が湿布を準備している間、紗良は自分が衣装のままであることに気づいた。


「……着替えないと。」

かすれた声でそう呟くと、渉がすぐに気づいたように顔を上げる。


「ああ、そうですね。楽な服に着替えたほうがいいです。でも、無理しないでください。」

「大丈夫です……。」


そう言って紗良はゆっくりと立ち上がろうとするが、体に力が入らず、よろけてしまう。


「危ない!」

咄嗟に渉が支えようと手を伸ばしたが、紗良はなんとか踏みとどまる。


「す、すみません……。」

「無理しないでください。僕、部屋の外にいますから、着替え終わったら呼んでください。」


渉はそう言って部屋のドアの前に立ち、さりげなく視線を逸らした。

「……ありがとうございます。」


紗良は小さく礼を言いながら、ゆっくりとクローゼットを開け、部屋着に着替え始める。

ボタンを外す手が少し震え、着替えるのにも普段の倍以上の時間がかかる。


それでも、ようやく着替え終わると、小さな声で「大丈夫です」と呟き、ベッドに入り、横になった。


その声を聞いた渉が再び部屋に入り、冷たい湿布を手にそっと近づいてきた。

渉がふと冷蔵庫を開けて飲み物を確認すると、中身がほとんどないのを見て少し驚いた様子だった。

「冷蔵庫、空っぽですね。相沢さん、一人暮らしなんですか?」


「はい。家族は地方にいるんです……弟妹もたくさんいるから、私のことなんてあんまり気にしてないと思います。」


紗良は軽い笑みを浮かべながらそう言ったが、どこか寂しさがにじんでいた。

その表情に、渉は眉をひそめる。


「そんなことないと思いますよ。相沢さんが頑張ってるの、ご家族だってきっと分かってくれてるはずです。」


紗良は一瞬、驚いたように渉を見つめたが、すぐに目を伏せた。

「……そうだといいんですけど。」


渉は少し言葉に詰まりながら、それでも続ける。


「……僕が、ご家族のことを直接知ってるわけじゃないから、無責任なことは言えませんけど……。でも、少なくとも、相沢さんの頑張りをちゃんと見てる人はいますよ。」

そう言いながら、渉は冷たい湿布をそっと額に貼る。

「……例えば僕とか。」


その言葉に、紗良の心は少しだけ軽くなったような気がした。

「……ありがとうございます、久住さん。本当に、久住さんがいてくれて良かったです。」


渉はその言葉に一瞬だけ驚いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「僕にできることは少ないですけど、何かあったらいつでも言ってください。」


その言葉が、紗良の胸に深く響いた。彼の優しさが、自分を包み込むような気がして、紗良はそっと目を閉じた。




冷たい湿布が額に貼られる感触で、紗良はうっすらと目を開けた。白い天井が視界に入る。

熱でぼんやりとした頭を動かすと、そばで心配そうに見つめている渉の姿があった。


「……久住さん?あ、思い出しました……ごめんなさい、収録中から少しだるいなって思ってたのに……。」


渉は安心したように微笑んで答える。

「目が覚めて良かった。無理するからこうなるんですよ。」


その声は優しいが、どこか諭すような響きがあった。

紗良は自分が倒れたことを思い出し、少し恥ずかしそうに目を伏せる。


渉はそっと椅子に腰を下ろし、枕元に用意した水を差し出した。

「少しでも飲めますか?脱水になると大変だから。」


紗良は首を振ろうとしたが、渉の真剣な表情を見て、言葉を飲み込む。

手を伸ばす力もなく、渉がそっと水を口元に運んでくれた。

「……ごめんなさい。」


声はかすれていたが、その中には申し訳なさがにじんでいた。


「謝る必要なんてありません。誰だって体調を崩すときはありますから。」

何でもないようにさらりと言う渉の言葉が、紗良の胸にじんわりと染み込む。


渉は熱が下がるまでの間、紗良のそばを離れなかった。

時折、濡らしたタオルを交換したり、体を休めるよう言葉をかけたりするその姿に、紗良はぼんやりと思う。

「この人、本当に優しいな……。」


芸能界に入ってから、多くの人と出会い、表面上の言葉や態度に慣れてしまった自分。

それでも、渉の気遣いや行動には何の打算もないことが分かる。その純粋さが、胸の奥に響いた。


しばらくして、渉はそっと布団を整えながら話しかけた。

「一人暮らしだと心配ですね。こんなとき、ご家族がいれば……。」


紗良の心が少しだけ痛んだ。

上京してから家族と離れ、アイドルとしてやってきた日々の中で、こうして心から支えてくれる存在はいなかった。


渉の背中を見つめながら、紗良はふと、自分の心が変化していることに気づく。

「久住さんがいてくれて、本当に良かった。私、この人のそばにずっといられたら……。」


その瞬間、自分の感情に名前をつけるのが怖くなった。


けれど、胸の奥にある確かなぬくもりが、何よりもはっきりと紗良に告げていた。



翌朝、熱が少し下がった紗良が起き上がると、渉が疲れた顔で眠っているのが見えた。


机の上には昨日自分の看病のために作ったらしい細かいリストが置かれている。

何時に薬を飲むべきか、どのタイミングで水分補給をするか、びっしりと書かれたその文字から渉の誠実さが伝わってきた。


紗良はそのリストにそっと手を触れながら、心に誓う。

「私、この人にもっとふさわしい自分になりたい。いつか私も、この人を支えられるくらい……輝きたい。」


ーーそれは、彼女が渉に本気で恋をした瞬間だった。


それ以来、紗良の態度はどこか変わり始めた。

渉に話しかける回数が増え、ちょっとした相談事にも積極的に彼を頼るようになった。


渉が差し出す何気ない優しさに対して、紗良も以前より素直に甘える自分がいるのを感じる。

そしてそのたびに、渉に気づかれないようにそっと自分の感情を隠そうとする。


それでも、紗良の心の中では「もっと近づきたい」という想いが日に日に大きくなっていった。

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