間章2:相沢紗良
相沢紗良は地方の比較的大きな町で生まれた。
両親は共働きで、家計は裕福ではなかったが、決して貧しいわけでもなく、いわゆる一般的な家庭だった。
だが、彼女の家には彼女を長女として弟一人に妹二人と兄弟姉妹が多く、自然と長女としての責任感を求められる環境で育つ。
幼い頃から活発で負けず嫌いな性格だったが、弟妹の面倒を見ることが多く、「お姉ちゃんなんだからしっかりしなさい」と言われる機会が多かった。
そのため、いつしか「自分が頑張らなきゃ」と思うようになり、甘えることが苦手な性格になっていく。
母親が好きだったこともあり、家では歌番組や音楽番組がよく流れていた。
紗良自身も気づけば一緒に口ずさむようになり、幼稚園のお遊戯会や小学校の合唱コンクールでは、常に前に立って歌うのが好きだった。
明るく社交的で友達も多かったが、「お姉ちゃん」としての意識が強く、感情を抑える癖がついていたため、人前で泣いたり弱音を吐いたりすることはほとんどなかった。
中学生になると、学校の部活でダンス部に入る。
元々運動神経が良く、努力家だったこともあり、すぐにダンスの技術を磨いていった。
だが、それ以上に彼女の才能が光ったのは歌だった。
友人とカラオケに行けば「紗良って歌うまいよね」と言われ、文化祭のステージで披露したときは大きな拍手をもらった。
その経験が、彼女にとって「人前で歌うことの楽しさ」を強く意識するきっかけとなる。
そんな折、ある日テレビで見たアイドルグループに衝撃を受ける。
彼女たちはただ可愛いだけではなく、歌やダンスのスキルも高く、何よりも輝いていた。
その姿を見た瞬間、紗良は「私もああなりたい」と思うようになる。
しかし、地方に住む普通の中学生にとって、アイドルになるという夢はあまりにも遠いものだった。
両親に相談しても「そんなの一握りの子しかなれない」「東京に行くお金なんてない」と現実を突きつけられる。
だが、それで諦めるほど、紗良は簡単な性格ではなかった。
彼女は親に反対されても、密かにダンスや歌のレッスン動画を見て練習を続け、地方で開催される小さなオーディションを探し始める。
何度も応募し、書類審査で落ちることもあったが、それでもめげずに挑戦を続けた。
高校に進学すると、地元で開催された松永事務所の地方オーディションに応募し、見事に最終審査まで進む。
その熱意と努力が評価され、ついにアイドル候補生として東京の事務所に呼ばれることが決まる。
もちろん、両親は大反対だった。
特に母親は「安定した仕事に就いてほしい」と強く反対し、「そんな不確かな道より、大学に行くべきだ」と何度も説得された。
しかし、紗良の意思は揺るがなかった。
「大学に行ったら、その間にチャンスを逃すかもしれない。今しかないんだよ」
必死に食い下がる紗良に対し、最終的に両親は「高校を卒業してからなら考えてもいい」という条件を出した。
それでも納得したわけではなかったが、紗良はその条件を受け入れ、高校卒業と同時に単身上京を決意する。
こうして、相沢紗良は地方を離れ、東京でアイドルとしての道を歩み始めることになった。
☆☆☆
東京に来てからは、最初の数年間は下積みの連続だった。
ダンスレッスン、ボイストレーニング、雑誌の端の方に小さく載る仕事、先輩アイドルのバックダンサーなど、華やかな世界とは程遠い日々だった。
けれど、紗良は持ち前の努力家気質で食らいついていった。
そんな中、ある日、アイドルグループ「Brillar」の追加メンバーオーディションが行われることが決まる。
紗良は迷わず応募し、見事合格。「Brillar」の新メンバーとして正式にデビューを果たした。
活動名を決める際、事務所から芸名の提案もあったが、紗良は頑なに拒んだ。
「私は本名で活動します」
それは、かつて夢を否定した両親に、自分の名前を掲げて証明したかったから。
「この名前で、私はアイドルとして成功してみせる」
そう心に誓い、彼女は本名のまま活動を始めたのだった。
彼女は持ち前の明るさと努力家な一面で徐々にグループの中心的な存在になっていくが、リーダーとしての経験はなかったため、時に不安や焦りを抱えることもあった。
そんな時、彼女の前に現れたのが、久住渉だった。
彼の冷静さや的確なアドバイス、そして何よりも安心感を与えてくれる存在感に、紗良は少しずつ心を許していく。
そして、これまで人に甘えられなかった彼女が、初めて「頼ってもいいのかもしれない」と思い始めるのだった――。




