表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/85

マネージャー補佐編10(すれ違う二人)

裕奈はドラマの撮影が終わり、事務所の控え室に呼ばれた。

部屋には千鶴と初めて見る女性が座っている。

千鶴の表情はいつものように冷静だが、どこか突き放した雰囲気があった。


「裕奈、今日は大事な話があるわ。」

千鶴はいつも通り無駄のない口調で切り出した。


「……大事な話?」

裕奈は軽い緊張を覚えながら千鶴を見つめる。


千鶴の隣に座る女性が微笑みながら軽く頭を下げた。

「初めまして、住吉と申します。これから裕奈さんのマネージャーを務めさせていただきます。」


その言葉に裕奈の心臓が一瞬、嫌な音を立てたように感じた。


「住吉さんが……マネージャーを?」

裕奈は動揺を隠せずに聞き返した。


「そうよ。」

千鶴は微かにため息をつくような口調で続けた。

「久住君には他に担当してもらうべき仕事ができたの。これからは彼が相沢紗良の担当を兼務するわ。住吉さんは優秀な人だから、あなたのサポートには何の問題もないはずよ。」


「でも…渉は…」裕奈は言葉を詰まらせた。

「渉がいなくなるなんて、私…そんなこと聞いてない。」


千鶴の目が冷たく光る。


「裕奈、あなたもいい加減に理解しなさい。久住くんはあなた専属のマネージャーじゃないの。彼もこの業界で学ぶべきことがある。それに、あまり言いたくはないけど、現状の彼の能力ではあなたのすべてを支えるのは難しいわ。」


その言葉に裕奈は目を見開き、拳を握りしめた。

「そんなことない…渉は頑張ってくれてるし、私は――」


「そう、頑張るだけじゃこの世界では通用しないの。」

千鶴は容赦なく遮った。

「久住君はこれからもっと成長する必要がある。そのために紗良ちゃんの担当を兼任して経験を積むの。それに、あなたにも新しい環境でさらなるプロとしての自覚を持ってもらいたい。」


「そんな…」

裕奈は俯き、かすれた声で呟いた。


自宅に戻った裕奈は、ベッドに倒れ込むようにしてそのまま動けなくなった。


「渉がいなくなるなんて…。」


何度もその言葉が頭の中をぐるぐると回る。

渉が初めて補佐になった日、ぎこちないながらも真摯に自分を支えようとした彼の姿が目に浮かぶ。


撮影現場で必死に走り回り、どんなに疲れても決して弱音を吐かなかった彼。

そして――あのキスのこと。


(どうしてこんなに嫌なの…? 渉がいなくなるなんて…。)


胸の奥が締め付けられるように痛む。

千鶴の言葉を思い出すたびに、自分はまだ何もできていないのではないかという不安と、渉がそばにいない未来を想像するたびに襲ってくる喪失感が入り混じる。


(私…なんでこんなに不安になるの? なんで渉がいなくなることが、こんなに怖いの…?)


裕奈は薄暗い部屋でひとり、枕に顔を埋めて静かに涙を流した。


ーーその涙の意味が何なのか、自分でも分からないままで。



⭐︎⭐︎⭐︎



渉はスーツの襟を正し、事務所の会議室で紗良を待っていた。

正式に紗良のマネージャーを務めることになり、初の顔合わせの日だ。


裕奈の時とは違い、事務所の先輩マネージャーとしての立場で臨む初めての仕事。

胸に緊張感が広がる。


やがて、扉が軽くノックされる音が聞こえた。


ドアを開けて現れたのは、一人の女性だった。


白いブラウスに明るいスカートを合わせた軽やかな装い。

その姿は柔らかな雰囲気を醸し出していたが、同時に、どこか芯の強さを感じさせるものがあった。


くりっとした大きな瞳が印象的で、口元にはほんのりとした微笑み。

長い髪は金色がかった明るいトーンで、ゆるく巻かれたウェーブが軽やかに揺れている。

動くたびに、その髪が光を受けてきらりと輝いた。


「初めまして、相沢紗良です。」

透き通るような声とともに、彼女は軽く会釈する。


渉は、一瞬だけ目を奪われた。


この女性は、ただの「可愛らしい新人女優」ではない。どこか人の心を引きつける空気をまとっている。


(なるほど……この子が、次世代を担うと言われている理由か。)


渉は無意識のうちに姿勢を正し、言葉を返した。

「久住渉です。これから精一杯サポートさせていただきます。」

渉も丁寧に応じた。


紗良は少しだけ微笑みながら椅子に腰掛けた。

心なしかその笑顔には喜びが滲んでいるように見える。


「実は聞いてたんです。久住さんが私の担当になるって。裕奈さんのサポートをされてたんですよね?すごく真面目な方だって評判でした。」


「いや…まだまだ至らないところばかりで…。でも全力でサポートさせていただきます。」

渉は謙虚に答えたが、その真剣な表情に紗良は頷いた。


「そういう真面目さ、私好きです。これから一緒に頑張りましょう!」


渉は少し驚きながらも、その言葉に感謝の気持ちを込めて深く頷いた。


渉は一週間のスケジュールを確認しながら、紗良に今後の動きについて説明した。

「基本的には休日を除く週5日間、相沢さんのサポートにあたります。残りの2日は裕奈さんの方に入る形になります。」


紗良は少し驚いた表情を見せたが、すぐに理解したように微笑んだ。


「久住さん、大変ですね。でも、私にとってはありがたいです。週5日もサポートしてもらえるなんて心強いですから。」


「ありがとうございます。ただ、相沢さんのスケジュールもかなりタイトです。裕奈さんほどではないですが、アイドルとしての活動が多岐にわたります。しっかり予定を把握して、一緒にうまく回していきましょう。」


「はい、お願いします!」


紗良のスケジュールはライブリハーサルや雑誌の撮影、テレビ収録、ファンミーティングなど多岐にわたっていた。


渉は初めて裕奈以外の仕事に本格的に関わることとなり、マネージャーとして新たな挑戦に向けて身が引き締まる思いだった。


一方で、紗良はどこか嬉しそうに見えた。


渉が自分の担当となり、自分をしっかり支えてくれるという安心感が心の中で広がっていたのだろう。


その表情を見て、渉は自分の新しい役割に対する責任感を改めて強く感じたのだった。



⭐︎


ある日の夕方、渉は紗良のドラマ撮影現場を訪れていた。

松永から紗良の仕事ぶりを見てほしいと言われ、彼女のスケジュールを追いかけていたのだ。


現場に到着すると、紗良は笑顔でスタッフや共演者たちと談笑していた。

カメラの前ではアイドルらしい愛らしさを発揮し、撮影が終わるたびにスタッフに礼儀正しく挨拶していた。


「久住さん!」

渉を見つけた紗良が小走りで駆け寄ってきた。


「来てくれてありがとうございます!どうですか、私の演技?」

「すごく頑張ってるのが伝わりますよ。周りの人たちとの関係もすごく良いみたいですね。」

「はい!みんな優しくて…。でも、まだまだですよ。もっと頑張らないと!」


そう言って笑う紗良の顔には、疲労の影がうっすらと見えた。


撮影の終盤、紗良の出演シーンでトラブルが起きた。セットの小道具が壊れ、その場が一時的に騒然としたのだ。


「紗良ちゃん、大丈夫?」

監督が声をかけるが、紗良は無理に笑顔を作り、「平気です!」と答えた。

だが、渉はその瞬間、紗良の顔に不安の色が浮かんだのを見逃さなかった。


小道具の修復が進む中、紗良は端の椅子に座って黙り込んでいた。渉はそっと近づき、声をかけた。


「相沢さん、大丈夫ですか?」

「…正直、ちょっと緊張してます。ああいうハプニングがあると、私がちゃんとできるのかなって不安になっちゃって。」


紗良は弱々しく笑った。その笑顔を見た渉の胸に、かつて裕奈が見せた不安そうな表情が蘇った。


「でも、大丈夫ですよ。」渉は少し考えた後、続けた。

「相沢さんならちゃんとできます。さっきの演技、すごく良かったし、スタッフもみんな貴方のこと応援してます。」


紗良は渉を見つめて小さく頷いた。


その日の撮影が無事に終わり、紗良は最後に全員に向けて丁寧にお辞儀をしながら感謝の言葉を述べた。

その姿を見ていた渉は、松永の打診を思い返していた。


(裕奈だけじゃなく、相沢さんにも誰かがしっかり支えてあげないといけない。彼女は表では元気そうに振る舞ってるけど、裏では一人でたくさんのプレッシャーを抱えている…。)


渉は紗良の姿を見つめながら、自分の中に湧き上がる感情に気づいた。


(俺が相沢さんを支えるべきなのかもしれない。裕奈にとっても、もう一人の優秀なマネージャーがいれば、きっと今以上に輝けるはずだし…。)


その瞬間、渉の中で迷いが少しずつ消えていった。


渉の心には、新たな覚悟が芽生えていた。

自分の中で新たな目標が生まれつつあった。

紗良のマネージャーとして全力を尽くし、彼女を支えること。


そして、その経験を通じて成長し、もう一度裕奈の隣に立てる存在になること――。


(俺ができる限りのことをしよう。裕奈と相沢さん、どちらも輝けるように。)


だが、それだけでは終わらせない。


今は裕奈の主担当を離れることになったが、それが永遠に続くわけではない。

自分が成長した時、もう一度彼女のそばに戻れる可能性があるのなら――。


渉の中に、新たな覚悟が芽生えていた。


ーーそれが果たして正しい選択なのかも分からずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ