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マネージャー補佐編7(本気)

撮影が始まると、セットには緊張感が漂っていた。

監督が椅子に腰掛け、スタッフたちも息を潜めて見守る中、裕奈は静かにポジションに立った。


緊張していたはずの彼女の表情は、いざカメラが回り始めると凛としたものに変わった。

その姿は堂々としていて、まるで別人のようだった。


(大丈夫。私はできる。)


控え室での渉との出来事を思い出す。

彼と交わしたあのキス――それはただの恋人同士の甘い瞬間ではなく、裕奈にとって大きな支えと自信を与えるものだった。

渉がいてくれる。その確信が裕奈を前に進ませてくれる。


しかし、裕奈の心にはまだ残る感情もあった。

過去に受けたプロデューサーからの恐怖、それ以来抱えてきた男性への嫌悪感。

それが完全に消えたわけではなかった。けれど――


(私はもう一人じゃない。渉が私を守ってくれる。私も彼のために乗り越えなきゃ。)


相手役の澤村遼が立ち位置に入る。

今をときめく人気俳優の彼もまた、このシーンに特別な意気込みを抱いていた。


「よーい、スタート!」


監督の声が響き、カメラが回り始めた。


裕奈は遼の目を見つめる。

シーンのクライマックス、感情が頂点に達した瞬間、二人の距離が縮まっていく。


遼の顔が目の前に迫った瞬間、裕奈の脳裏に渉の姿が浮かぶ。

控え室で優しく触れた彼の手、真摯な眼差し、そして自分を信じてくれるその言葉――すべてが胸に広がった。


(渉……あなたが私を支えてくれたから、私はここにいるの。)


その想いが、台詞の一言ひとことに命を宿らせた。

そして、二人の唇が重なった瞬間、裕奈の中で何かがはじけた。


(私はもう、逃げない。渉のためにも、自分のためにも。)


セット全体が息を呑むような緊張感に包まれる。


「カット!」


監督の声が響き渡り、静寂が訪れる。


裕奈はゆっくりと目を開け、撮影用のライトの中で眩しいほどの笑みを浮かべた。

その笑顔は、まるで暗闇を切り裂く一筋の光のようだった。


その姿を見た遼は一瞬、呆然としていた。

彼女の演技の凄さだけではない。

彼女自身が放つ輝きに、胸が熱くなるのを感じていた。


(この子は……ただの女優じゃない。)

遼は自然と唇を押さえながら、裕奈に視線を向けた。そして、確信した。

(ーー俺は本気で、彼女に惹かれている。)


撮影現場の拍手が沸き起こる中、裕奈はスタッフに軽く頭を下げると、そのまま渉のいる場所を探した。


一方の渉はセットの隅で静かに見守りながら、胸に複雑な感情を抱えていた。

(……よかった。本当に堂々と演技してたな。これで俺の役目も…)


彼の胸に浮かぶ安堵と同時に、小さな不安と痛みが混じっていた。


一瞬、渉の目と裕奈の目が合う。

裕奈の笑顔は彼に向けられたものだった。

それに気づいた渉は、何かを悟ったように静かに微笑んで頷いた。


遼が見守る中で、裕奈と渉の絆がまた一歩深まる。

その光景を見つめながら、遼は密かに決意を固めた。


(この距離を超えるには、どうすればいい?)


裕奈、渉、そして遼。それぞれの胸に湧き上がる想いが、新たな展開を予感させていた。



⭐︎



キスの翌日、渉と裕奈はまるで何もなかったかのように仕事を進めていた。

裕奈はいつも通りの笑顔でスタッフや共演者に挨拶し、渉もスケジュール管理や準備に忙しく動き回っている。だが、渉の心は落ち着かなかった。


(あのキス…あれは一体どういう意味だったんだ?)


渉はふと手を止め、昨日の裕奈の表情を思い出していた。

真剣な瞳、近づいてくる柔らかな唇――。

それが演技のためだということはわかっている。それでも、どうしても胸の奥がざわつく。


一方、裕奈は撮影の準備をしながらも、内心では昨日のことを思い返していた。

思い返すだけで、胸が熱くなる。

(あのとき、渉の顔がすごく近くて……。)


渉とのキス――それは裕奈にとって初めての経験だった。

そして、その瞬間、自分の胸が高鳴ったことも、彼の唇が思った以上に優しかったことも、忘れられない。

瞼を閉じると、昨日の光景が鮮明に蘇る。

柔らかく重なった唇の感触、心臓が破裂しそうなくらいに高鳴る鼓動、そして渉の戸惑いと優しさが混ざった表情――。


裕奈は慌てて目を開け、鏡の中の自分を見つめた。


「裕奈ちゃん、今日も可愛いわよ!」

メイク担当者が明るく声をかける。


「ありがとうございます!」

裕奈はいつもの笑顔を作りながら、心の中でそっとため息をついた。


(今は仕事に集中しなきゃ。渉の前で変に思われたくないし…。)


そう自分に言い聞かせても、意識しないようにすればするほど、余計に気になってしまう。

(私、なんであんなこと頼んじゃったんだろう…。)


二人ともお互いを意識しながらも、表面上はいつも通りの日常を装っていた。

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