再会編3(再会)
大学の広場には、穏やかな風が吹いていた。
昼休みを迎えた学生たちが談笑し、行き交う中で、一人の女性が人目を避けるように立っていた。
白いブラウスにスカート、帽子を深く被りながらも、どこか目を引く存在感。
彼女は一枚の写真を手にして、周囲の学生に何かを尋ねている。
「すみません、あの……この写真の人を知りませんか?」
柔らかな声。その響きに、渉の足がふと止まった。
どこかで聞いたことがある気がする――だが、誰だったかまではすぐに思い出せない。
何気なく声のする方へ顔を向けた。
視界に入ったのは、一人の女性。
深くかぶったキャスケット帽の下から、長い栗色の髪がさらりと流れ、細く華奢な指が写真をそっと握りしめている。
薄手のコートの袖口から覗く手首は驚くほど細く、かすかな震えを帯びていた。
帽子の下から覗く横顔。繊細な仕草。
どこかで見たことがあるはずなのに、すぐには思い出せない。
(……誰だっけ?)
彼女は必死に何かを探しているようだった。
手に持った写真を見せながら、学生たちに話しかける。
その仕草のひとつひとつが、不思議と心を揺さぶる。
よく見ると彼女が持つ写真には、無邪気に笑い合う二人の子どもが写っていた。
そのうちの一人は――間違いなく、渉自身だった。
その時、ふと脳裏に浮かんだのは、数日前のことだった。
――バイト先の喫茶店で、どこかで見たことがある気がする客を接客した。
あの時も、同じように感じた。懐かしさと、どこか引っかかる違和感。
そして、ちょうどその日、自分はそのバイトを辞めた。
(……あの時の客?)
次の瞬間、渉の中で記憶が繋がった。
目の前の女性が、あの時の客で――そして、もっと昔から知っている人間だったことに。
一瞬の間に、数え切れない記憶が脳裏を駆け巡る。
どこかで見たことがある。いや、見たことがあるどころじゃない。
渉は思わず息をのんだ。
「……裕奈?」
胸の奥がざわついた。だが、それを振り払うように、すぐに目をそらした。
その一瞬後、彼女と視線が交差する。
裕奈の表情が変わった。驚き、そして確信するように。
「渉!」
彼女の声が大学の広場に響く。
(……しまった。)
渉は無意識のうちに足を速め、すぐに視線を外した。
ーー今さら、どんな顔をすればいい?何を話せばいい?
「待って!」
裕奈が手を伸ばしかけたそのとき、裕奈に気づいた周囲の学生たちが一斉にざわめき始めた。
「えっ、もしかして……」
「高宮裕奈!?本物?」
「写真撮らせてもらってもいいですか?」
裕奈は、瞬く間に人の波に飲み込まれていった。
学生たちは一斉に彼女を取り囲み、興奮した様子で声をかける。
その隙に、渉は建物の陰へと身を隠した。
「……何してんだよ、こんなとこで。」
心の奥に、強く押し込めていたはずの何かが、揺れ動くのを感じながら。
「渉…。」
裕奈は学生達に囲まれながらその場に立ち尽くした。
ーー長い間思い描いてきた再会が、こんな形で終わるはずがない。
周囲の学生たちが裕奈に次々に話しかけてくる中、彼女の心は渉を追いかけることでいっぱいだった。
その時、人混みをかき分けるようにして、一人の青年が現れ裕奈に話しかけた。
渉の親友、小沢だった。
「すみません。」
低く落ち着いた声に、裕奈が顔を上げる。小沢は軽く目を細め、彼女を観察するようにしながら口を開いた。
「今の……渉のこと、知ってるんですか?」
「えっ?」裕奈は驚いた顔で彼を見る。
「渉…久住くんの事知ってるんですか!?」
驚きながらも小沢に裕奈は聞いた。
「あの……どうしても私……久住くんに会いたくて……久住くんがどこにいるのか教えてもらえませんか?」
裕奈の真剣な表情を前に、小沢は眉を少し上げた。
「わざわざこんなところまで訪ねてきたってことは、よっぽどの事情があるんですね。」
裕奈は小さく頷き、深刻な顔で続けた。
「お願いです……久住くんのことを教えてください。」
小沢は一瞬考えるそぶりを見せた。
彼は普段、他人に深入りすることを好まないタイプだったが、目の前の裕奈からは真摯な思いが伝わってくる。
「……あいつは今、教育学部の3年生ですよ。」
「教育学部……3年生……」
裕奈は繰り返すように呟き、その瞳には希望の光が宿る。
小沢は少しばかり気まずそうに首をかしげながら続けた。
「まあ、すぐに捕まえられるかどうかは保証しませんけどね。今みたいに逃げられるかもしれないし。」
裕奈はその言葉に小さく笑みを浮かべると、大輝に深く頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に。」
「礼なんていいですよ。それより、あんまり騒ぎにならないようにしてくださいね。大学がパニックになる。」
裕奈は再び頷き、渉を追うために歩き出す。その背中を見送りながら、小沢は頭を掻きながら小さくため息をついた。
「なるほどな…渉のやつ、随分と面倒な人に惚れられてるな。」
そう呟いて、彼もまた人混みの中に消えていった。