マネージャー補佐編3(無自覚な執着)
その日、撮影は深夜にまで及んでいた。裕奈のシーンが終わり、少し控室で休もうと戻った裕奈は、そこでデスクに突っ伏して眠っている渉を見つけた。
渉の横には開かれたノートがあり、そこにはびっしりと改善策や反省点が書き込まれていた。
「スケジュールの見直し」「撮影現場での動き方」「裕奈の負担軽減案」など、細かい文字で書かれたそのページを見て、裕奈は思わず息を飲んだ。
「ここまで…私のために頑張ってくれてるんだ…」
その時、後ろから佐藤がやってきた。
「おい、久住。こんなところで寝てる場合じゃないだろ、まだ仕事中だぞ。」
佐藤が声をかけようとするのを、裕奈はそっと手で制した。
「佐藤さん、もう少しだけ寝かせてあげてください。久住くん…きっと、すごく頑張ってくれてたんです。」
裕奈はデスクの上のペンを取り、渉のノートの空いたスペースに小さく書き込んだ。
「渉、いつもありがとう!一緒に頑張ろうね。」
その言葉をそっと残し、裕奈は笑顔を浮かべながら撮影に戻っていった。
しばらくして目を覚ました渉は、佐藤から軽い説教を受けた。
「お前な、こんなところで寝るなんて、まだまだだぞ。マネージャー補佐としての自覚を持て。」
「……すみません。」
渉は反省しながらも、ふと開かれたままのノートに目をやった。そしてそこに書かれた裕奈の励ましのメッセージを見つける。
「渉、いつもありがとう!一緒に頑張ろうね。」
その瞬間、渉の胸の中に温かいものが広がった。疲れ切っていた心が、まるで癒されるような感覚だった。
「裕奈…」
顔を上げると、撮影の準備をしている裕奈がいつも通りの明るい笑顔でスタッフたちと接している姿が目に入った。
その姿を見た渉は、決意を新たにする。
「もっと頑張らないと、裕奈のために。」
撮影の合間、裕奈もまた渉の姿を思い返していた。
「私のために、そこまで頑張ってくれるなんて…渉、本当にすごいな。」
渉のひたむきな努力を見た裕奈は、自分ももっと全力で輝かなければと改めて思った。
彼の支えに応えるためにも、そして自分自身の目標を果たすためにも。
二人は、それぞれの胸に新たな決意を抱きながら、再び歩みを進めていくのだった。
⭐︎
昼休憩の時間、裕奈は共演者の男性俳優から声をかけられていた。
その俳優はプライベートでも派手な遊びが噂されている人物だった。
「裕奈ちゃん、撮影終わったら食事でもどう?こんなスケジュールぎっしりだと息抜きも必要だろう?」
柔らかい笑顔で誘うその俳優に、裕奈は困ったような表情を浮かべた。
「すみません、今日の予定はもういっぱいで…」
だが俳優は意に介さず、さらに裕奈に近づいた。
「そんなこと言わずにさ。いい店、知ってるんだよね。」
その時、少し離れた場所で準備をしていた渉が二人の会話に気づいた。
渉は迷いながらも急いで二人の間に割って入った。
「裕奈さん、次の撮影の準備がもうすぐ始まりますので…申し訳ありませんが、そろそろスタジオに戻っていただけますか。」
突然の介入に俳優の表情が曇る。
「なんだ君?マネージャー?ずいぶん口を挟むじゃないか。」
「いえ…そういうつもりでは。ただ、スケジュール管理のために…失礼しました。」
渉は頭を下げながらも毅然とした態度を崩さなかった。
俳優は苛立ちを隠さず、裕奈に一瞥をくれると面倒そうにその場を去った。
「また次の機会にね、裕奈ちゃん。」
俳優がいなくなると、渉は深く息を吐いた。そしてすぐに裕奈に頭を下げた。
「ごめん、俺の対応で気を悪くされたら…。現場の雰囲気を壊したら申し訳ない。」
裕奈は驚いたように渉を見つめた。
「渉、なんで謝るの?さっきのは…ありがとう。私のこと、守ってくれたんだよね。」
その言葉に渉は戸惑いながらも、「裕奈を守る」という胸の内に秘めた決意を思い出した。
「当たり前だよ。俺は…裕奈を支えるためにここにいるんだから。」
その言葉を聞いて、裕奈の胸には温かい感情が押し寄せた。渉が自分のために本気で動いてくれたこと、その覚悟が伝わり、言葉にはできない深い感謝と信頼が生まれた。
裕奈はそっと渉の肩に手を置き、優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、渉。これからもよろしくね。」
その一言に、渉はまた新たな決意を固めたのだった。
⭐︎
そんな日々が続く中、裕奈は少しずつ変わり始める。
ある日の撮影後、裕奈は事務所に戻る途中で渉を呼び止めた。
「渉、ちょっと待って。」
渉が振り返ると、裕奈は眉をひそめながら、彼のシャツの襟元を整えた。
「もう…そんなだらしない格好してると、私までだらしなく見られるんだから。」
「ごめん…。」
渉は申し訳なさそうに頭を下げたが、裕奈はどこか満足げに微笑んでいる。
「よし、これで大丈夫。ほら、行くよ。」
そう言って裕奈は渉の袖を軽く掴んで歩き出した。
その仕草に渉は少し驚いたが、裕奈は全く気にしていない様子だった。
またある日、撮影でクタクタになりながらも、渉はいつものように日記代わりのノートに改善点や気づいたことを記していた。
すると、部屋のドアがノックされた。
「渉、ちょっといい?」
裕奈が現れた。私服姿の彼女は、撮影の時よりも少し柔らかい雰囲気をまとっている。
「裕奈?どうしたの、もう休まないと明日も早いよ。」
「うん、でもちょっとだけ話したくて。」
裕奈は渉の机の横に腰掛け、ノートを覗き込む。
「これ、いつも書いてるんだね。」
「うん、ミスしないように。少しでも裕奈の負担を減らせたらって思ってる。」
渉のその言葉に、裕奈の胸が少しだけ熱くなった。
「……渉って本当に真面目だよね。でも無理しないで。倒れたら困るのは私なんだから。」
「裕奈が困らないようにしてるんだけどな。」
渉が苦笑すると、裕奈は不意に彼の手を掴んだ。
「本当に……渉がいてくれてよかった。ありがとう。」
そのまっすぐな目に渉は戸惑いつつも、静かに頷いた。
最近少しずつ、裕奈は渉がいないと少し落ち着かないことに気づいた。
撮影現場でスタッフに話しかけられた時も、渉がすぐ横にいないことに違和感を覚える。
(渉はどこだろう…?)
ふと現場を見回して渉の姿を探してしまう自分に気づき、裕奈は首を振るようにしてその考えを振り払った。
(ただ慣れてるだけ。渉は私を支えるためにいるんだから、別に特別なことじゃない。)
だが、その思考とは裏腹に、渉の存在が彼女にとってどれだけ大きなものであるか、裕奈自身はまだ気づいていなかった。




