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マネージャー補佐編2(渉の気付き)

正式に1年間の契約社員となった渉は、松永社長からも正式に認められたことに一瞬安堵するも、すぐにその責任の重さを痛感した。


翌日から、佐藤の指示で仕事の範囲が徐々に広がり始めた。


「これからは少しずつ俺の役割を引き継いでもらう。もちろんフォローはするが、そろそろ実戦に慣れてもらわないとな。」

佐藤はそう言いながらスケジュール管理や現場との調整など、具体的な業務を渉に任せるようになった。


スケジュール管理に始まり、現場でのサポート、そして急なトラブルへの対応――すべてが渉の肩にのしかかった。

朝から深夜まで働き詰めの毎日。裕奈のためにと奮闘する渉だったが、次第に疲れが顔に出るようになった。


ある日の撮影終了後、渉は控室で佐藤に尋ねた。

「佐藤さん、ずっと思ってたんですけど……裕奈さんくらいの国民的女優なのに、マネージャーが佐藤さん一人って、普通なんですか?」


佐藤は、苦笑しながら答えた。

「確かに普通じゃないな。他の事務所ならマネージャーが4人、いや5人つくレベルだろうな。」

「じゃあ、なんで…?」


佐藤は少し間を置いてから口を開いた。

「理由は二つだ。まず一つは、裕奈さんの母親――千鶴さんが管理してるからだ。千鶴さんがタレント活動の全体を把握してるから、余計な人員は必要ない。」


渉は頷きながら、もう一つの理由を待った。


「もう一つは、信用できる人間しか採用してないからだよ。この業界、噂話やスキャンダルのネタを持ち出すやつが少なくない。裕奈さんほどのビッグネームになると、ちょっとした情報が命取りになる。」


佐藤は渉をじっと見つめた。

「お前が今ここにいるのも、千鶴さんや社長が信用したからだ。プレッシャーをかけるつもりはないが、それだけ裕奈さんを守ることは重い責任だ。」


佐藤の言葉を聞きながら、渉は自分が立たされた位置の重大さを改めて実感した。


佐藤はそんな渉の様子を見ながら、「……まあ、もう一つあるんだがな…」と呟いた。

しかし、その言葉は渉の耳には届かず、佐藤は渉の背中を軽く叩いた。

「ま、そういうことだ。期待してるぞ、久住。」


「俺が……裕奈を支えるんだ。」

そう心の中で決意を固めた渉は、その日も夜遅くまでノートに改善策や反省点を書き記し続けた。

責任の重さに押しつぶされそうになりながらも、彼の心にはひとつの想いが灯っていた。


「絶対に負けない…裕奈を支えるためなら、どんな苦労だって乗り越えてみせる。」

責任感からくるプレッシャーが、渉をさらに奮い立たせていた。


そして、佐藤が呟いた「もう一つの理由」は程なくして明らかになる。



⭐︎


ある日の撮影現場。

渉はいつも通り裕奈をサポートしながら、撮影の進行を見守っていた。


撮影が一段落し、プロデューサーや他のスタッフが裕奈に話しかけに来たときのことだった。

裕奈は笑顔を浮かべながら応じていたが、渉の目には微妙な違和感が映った。


(……なんか、距離がある?)


裕奈は一見いつも通りに振る舞っていたが、ほんのわずかに身体が引き気味で、視線を落としているように見えた。

話しかける相手によって反応が異なり、特に男性スタッフと話すときは自然な雰囲気ではなく、どこかぎこちない。


渉は首を傾げたが、その場では口を挟まずに撮影が終わるのを待った。


帰り道。


渉の運転する車の助手席で、裕奈がふと静かにため息をついた。


「……疲れた?」

渉が問いかけると、裕奈は曖昧に微笑みながら答えた。

「うん……ちょっとね。現場っていろいろな人がいるから、それだけで気を使うことも多いの。」


その言葉に、渉は再び微かな違和感を覚えた。


(裕奈はこんなこと、今まで言ったことがあったか……?)


撮影現場での裕奈は、どんな役柄でも堂々と演じきり、共演者やスタッフともうまくやっているように見えていた。


けれど、今日のあの様子——渉が気づいていなかっただけで、ずっと何かを隠していたのではないか?


(そういえば……)


試用期間中、渉は裕奈の行動や表情の変化を細かくノートに記録し、分析していた。


・男性スタッフと話すときに距離が近くなると、一瞬視線を外す

・会話のテンポが微妙に遅くなる

・佐藤さんや自分と話しているときとの差がある?


当時は単なる「性格の特徴」くらいにしか思っていなかったが、改めて考えると、それは違ったのかもしれない。

無意識のうちに蓄積されたデータが、今日の現場での違和感と繋がる。


視線を前に向けながら、渉は少し探るように尋ねた。


「もしかして……他の男性スタッフとか、苦手だったりするのか?」

裕奈は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。


「渉……気づいてたんだ。」

「まぁ、今日の現場とか、前の打ち合わせのときもそうだけど……佐藤さんや俺には普通に話してるのに、それ以外の男性と話すときは少し距離を取ってる感じがした。」


裕奈は窓の外を見つめながら、ためらいがちに口を開いた。


「……数年前かな……プロデューサーに……無理やり襲われそうになったことがあったの。」


渉の手が、思わずハンドルを強く握りしめた。


「……大丈夫だったのか?」

できるだけ冷静に問いかけたが、内心は怒りで煮えくり返っていた。


「うん……そのときは、お母さんと佐藤さんが助けてくれたの。だけど、それからどうしても、男性全般に構えちゃう自分がいる。佐藤さんと渉以外は……怖いって、感じてしまう。」

裕奈の声は震えていた。

渉は信号で車を止めると、助手席の裕奈をしっかりと見つめた。


「……裕奈。」

その呼びかけに、裕奈はそっと顔を上げる。

「俺は、そんな経験をした裕奈がどれだけ頑張ってるか知ってる。無理に克服する必要なんてない。でも……俺は絶対に裕奈の味方でいるし、そんな思いを二度とさせないように守るから。」


裕奈の目に涙が浮かび、唇を噛みしめた後、小さく頷いた。

「ありがとう……渉がいるから、私は前を向けるんだと思う。」


信号が青になり、渉は再び車を走らせた。だがそのハンドルを握る手には、裕奈を支えたいという強い決意が込められていた。


渉はその夜、一人でノートを開いた。


そこには裕奈のスケジュールや仕事のことだけでなく、彼女の性格や癖、気になることが細かく書かれていた。


(俺はずっと、裕奈のことを見ていたつもりだった。でも……全然気づいてなかった。)


それほどまでに、裕奈は演技が上手かった。

周囲に悟られないように、弱さを隠しながら立ち振る舞うことができる。


彼女の抱える傷を知った渉は、改めて自分が裕奈を守り、支える存在であることを強く意識するのだった。

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