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試用期間編7(渉の成長)

試用期間が2ヶ月延長され、渉の仕事はより実践的なものになっていった。


撮影現場での補佐だけでなく、スケジュール管理や雑務の調整まで幅広く任されるようになり、渉は次第にスタッフたちから「久住くん」と気軽に声をかけられるようになっていた。


ある日、ドラマの撮影現場でトラブルが起こった。小道具の手配ミスが発覚し、予定されていたシーンが撮れなくなる可能性があった。

監督やスタッフが頭を抱える中、渉はすぐに手を挙げた。


「それなら、別の手段で代用できませんか?」


彼は過去のエピソードを思い出しながら、代替案をいくつか提案した。

結果として、スタッフが急遽対応できる範囲で修正が行われ、撮影は滞ることなく進んだ。


「久住くん、ナイス判断!」

「助かったよ、本当に。」


スタッフからの評価が少しずつ変わり始めていた。


一方で、裕奈自身の負担も大きくなっていた。

映画、ドラマ、バラエティ番組と多忙を極めるスケジュールの中、疲労とプレッシャーが募り、身体の奥にじんわりとした重さを感じることが増えていた。


そんなある日、撮影の合間に渉がペットボトルの水を手渡した。

「ほら、水分補給。顔色悪いぞ。」


裕奈は一瞬、驚いたように渉を見つめた。自分では平静を装っているつもりだったのに、彼にはすぐに気づかれてしまう。


「……ありがと。」

ペットボトルを受け取り、喉を潤したあと、裕奈はぽつりとつぶやいた。


「でも、私、ちゃんとやれてるかな?」

普段なら絶対に漏らさない弱音だった。けれど、渉の前では、不思議と口にしてしまう。


渉は少し考えてから、まっすぐに彼女を見た。

「裕奈がどれだけすごいか、俺が一番知ってる。大丈夫、君はちゃんとやれてる。」


その言葉に、裕奈の目がかすかに揺れた。

「……うん。」


裕奈は、自然と微笑んでいた。さっきまでの重さが少しだけ和らぐのを感じる。


ー俺は補佐だ。

でも、補佐だからって何もしないんじゃなくて、裕奈が全力を出せるように支えるのが俺の仕事なんだー


渉の中で、初めて「補佐」という立場を前向きに捉えられるようになっていた。


最初は右も左も分からず、ミスを連発していた渉だったが、今では現場の空気を読んで動けるようになっていた。


それは偶然ではなく、渉自身が試行錯誤を重ねた結果だった。


彼は毎日の業務が終わるたびにノートを開き、その日うまくいったこと、失敗したことを細かく書き留めていた。


「良かった点:監督の指示をすぐに理解し、動けた。裕奈のスケジュール調整がスムーズにいった。」

「反省点:撮影機材の配置変更に気づけなかった。小道具の準備をスタッフ任せにしすぎた。」


ノートには、自分自身の行動を客観的に振り返る記録がびっしりと綴られていた。


「……ってことは、次は撮影スケジュールだけじゃなく、機材や小道具の位置にも気を配るべきだな。」


そう呟きながら、渉は「改善策」として新たな項目を書き込む。

次の日からは、撮影前にセット周りを確認するようになり、スタッフとの連携も意識的に取るようになった。


撮影現場では、日々さまざまなトラブルが発生する。スケジュールの遅れ、機材の不調、キャストのコンディション不良——。


そんな中、少しずつ、その積み重ねが実を結び始める。


裕奈の付き人としての業務はもちろん、スタッフとの連携やトラブル対応にも少しずつ慣れ、周囲からの視線も変わりつつあった。


ある日の撮影中、裕奈のシーンが終わり、セットチェンジが行われていた。

照明スタッフの一人が、機材の位置を調整しながらぼそりと呟く。


「……ちょっと、この角度じゃ影が強く出るな。もう少しライトを下げたいけど、あのスタンド邪魔だな……。」


その言葉を聞いた渉は、すぐさま動いた。

「ここを少し横にずらせば、スペースできますよね?」

「あ、そうそう。……って、おお、助かるよ。」


照明スタッフが驚いたように渉を見た。

普通、この手の作業は専門のスタッフが行うものであり、補佐の立場である渉が気づくことはほとんどない。


「久住君、よく分かったね。」

「裕奈の顔に影が落ちてるのが気になったんです。せっかくのいい表情なのに、もったいないなって。」

「はは、すげえな……。助かるよ、ありがとう。」


この一件をきっかけに、渉は照明スタッフと親交を深める事になった。


昼の撮影が終わり、夕方のシーンへ移行するための小休憩中。

渉は周囲を見渡しながら、ふと音声スタッフの一人が疲れた表情をしていることに気づいた。


「お疲れ様です。結構大変そうですね。」

「ああ……今日は風が強くてな。ガンマイクの風防、さっきのシーンで結構ギリギリだったんだよ。」


音声スタッフはそう言いながら、マイクの調整を続けている。


「それって、ちょっとした工夫で何とかなるものですか?」

渉の問いに、スタッフは軽く笑った。

「ま、マイクの角度とか、演者の位置でだいぶ変わるな。」

「なるほど……。それなら、裕奈に立ち位置を少し変えてもらったら、改善しますか?」


「え?」

音声スタッフは一瞬、驚いた顔をした後、少し考え込む。


「……ああ、確かに。その案はアリかもな。」

「じゃあ、裕奈に相談してみます。」


渉がそう言って裕奈の元へ向かおうとすると、音声スタッフが思わず彼の肩を叩いた。


「お前……結構、現場のこと見てるんだな。」

「いや、ただの思いつきですけど……。」

「こういうの、意識できるのは大事だよ。ありがとな。」


このやり取りをきっかけに、渉は音声チームとも親交を深めるようになった。


また別の日、撮影が押してしまい、スタッフたちの疲労が蓄積している日。

助監督がタイムスケジュールを確認しながら、険しい表情をしていた。


「……これ、予定より30分以上押してるな。」


それを聞いた渉は、さりげなく周囲を見渡し、原因を考えた。


「このペースだと、次のシーンの準備が間に合わないですよね。」

「そうなんだよな……。急ぎたいけど、準備が整わないと撮れないし。」

「小道具の準備が遅れてるみたいですけど、必要なのって小テーブルと椅子ですよね?」

「そうだな。」

「だったら、代替品を仮置きしておいて、役者の動線を先に決めちゃうのはどうですか?」


助監督は驚いた顔をした。


「……それ、アリかもな。」

「じゃあ、すぐ準備します。」


渉がテキパキと動くと、他のスタッフもそれに呼応するように準備を始めた。

結果、予定よりも早くシーン撮影が進み、助監督は満足げに頷いた。


「久住、お前、こういうの得意だな。」

「いや、ただ、なんとなくですけど……。」

「“なんとなく”で動けるのは、才能だよ。」


その言葉を聞いて、渉は少し驚いた。

「才能……?」


助監督は少し笑いながら続ける。

「こういう現場はな、全員が自分の仕事だけに集中してると、全体が見えなくなる。でも、お前は周りを見て動ける。そういう奴は貴重だ。」


渉は、その言葉を噛みしめるように頷いた。そして、ふと過去のことを思い出す。


「……俺、昔サッカーをやってたんです。」

「サッカー?」

「フォワードとか、目立つポジションじゃなくて、ボランチでした。チーム全体を見て、どう動くべきか考えるポジションです。それで、試合ごとにノートをつけて、自分のプレーやチームの動きを分析してました。」


助監督の目が少し興味深そうに光る。


「ほう、それは面白いな。じゃあ、お前は昔から周りを見て動くのが得意だったわけだ。」

「……そうかもしれません。高校のときは主将もやってたので、チームメイトのプレースタイルや癖なんかもノートにまとめてました。」

「主将か。それなら納得だな。」


助監督は頷きながら、渉をじっと見つめる。


「チームメイトの分析までしてたのか?」

「はい。得意なプレーとか、逆に苦手な状況とか、それを踏まえてどう試合を組み立てるかを考えてました。自分が点を取るより、どうすればチームが勝てるかって。」


助監督は納得したように笑った。

「そりゃすごいな。お前は自然と“全体を見て動く”ことをやってきたんだな。それが今の仕事に生きてるってわけだ。」


渉は静かにその言葉を噛みしめた。


ーー俺のやってきたことは、無駄じゃなかったんだ。


ノートに書き込んできた努力が、こうして形を変えて役立っている。それを実感した瞬間だった。


最初の頃は「素人」として見られ、口を出される事を嫌がられていた渉だったが、次第にスタッフたちと打ち解け、自然と彼を頼る空気が生まれていた。


「久住君がいると、現場がスムーズに回るよな。」

「なんだかんだで、ちゃんと気を回してくれるから助かるよ。」


そんな言葉を聞くたびに、渉は少しずつ自信を持てるようになっていった。


そして何より、裕奈の笑顔が、その努力を報いてくれていた。

「渉がいてくれると、すごく安心する。」


その言葉が、何よりの支えになっていた。


試用期間はあと僅か。


渉は、ここで自分の居場所を確立するために、最後まで全力を尽くすと決めていた。

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