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試用期間編5(松永との面談)

渉と裕奈、それに松永と千鶴は事務所の会議室にいた。


机の上には試用期間の評価が記された書類が置かれ、静かな緊張が漂っている。


松永は書類に目を通しながら、静かに渉へと視線を向けた。

「久住、試用期間の1ヶ月が終了したな。」


渉は無言で背筋を伸ばし、その言葉の続きを待つ。


「この1ヶ月でお前の適応力や行動力は評価に値する。しかし、補佐としての能力はまだまだ足りない。」


一瞬、渉の心臓が大きく跳ねた。


――ダメだったのか。やはり、自分はこの世界には向いていないのか。


だが、松永は次の言葉を続けた。


「だが、裕奈の現場での負担軽減に貢献した点は見逃せない。そして何より――」


そう言いながら、松永の視線が裕奈へと移る。

「彼女が、お前の存在を強く求めている。」

裕奈が小さく息をのむ。


千鶴は腕を組みながら、じっと松永を見つめていた。


「そこで決めた。試用期間をさらに2ヶ月延長する。合計3ヶ月の間に、補佐としての能力をより明確に証明してもらう。」


渉は驚きつつも、すぐに松永の真意を測ろうとした。


「……延長、ですか?」

「1ヶ月では能力を判断するには短すぎる。だが、無期限に様子を見るわけにもいかない。3ヶ月あれば、お前が本当にこの仕事を続けるべきかどうか、明確な答えが出るだろう。」


渉はその意図を測りかねていたが、松永の口調と表情からは何も読み取れなかった。


その時、千鶴が静かに口を開いた。

「……延長、ですか。」


松永が視線を向けると、千鶴は書類を指先で軽く叩きながら、考え込むような表情をしていた。


「理由は?」

「今言った通りだ。」

「1ヶ月じゃ判断が難しい、ですか?」

千鶴の声音はどこか冷ややかだった。

「なら、どうして最初から3ヶ月にしなかったんです?」


松永は表情を崩さずに答える。

「最初から決めてたわけじゃない。実際に働かせてみて考えた結果だ。」

「……そうですか。」


千鶴は松永の言葉を受け止めたものの、その表情にはまだ疑念が残っているようだった。


「……久住くん。」

渉が千鶴を見ると、彼女はまっすぐに渉を見据えていた。

「3ヶ月もあれば、あなたが本当に裕奈の支えになれるかどうか、はっきりするわ。私は……正直、まだ納得してない。でも、チャンスは与えられたのだから、全力でやることね。」


渉は千鶴の視線を受け止め、深く息を吸った。

「……はい。」


渉と裕奈が部屋を出て行った後、事務所の会議室には静かな空気が残った。


松永は机の上に置かれた書類を見下ろしながら、深く息を吐く。


「……予定が狂ったな。」


何気ない独り言のように呟いたが、その言葉を千鶴は聞き逃さなかった。

「最初から久住くんを残すつもりはなかったんですよね?」

千鶴の声は静かだったが、真意を見抜いていることが伝わる鋭さがあった。


松永が 1ヶ月という短い試用期間を設けたのは、当初から渉を落とすつもりだったからだ。


「裕奈のためにならない。」


それが、彼の考えだった。


芸能界は甘くない。中途半端な覚悟で入ってくる者に振り回されるほど、裕奈の時間は安くないのだ。

ましてや、過去に縁があったというだけで彼女のそばに置いてやるほど、松永は甘くもない。


1ヶ月経てば、渉自身が「自分には向いていない」と気づき、諦めるだろう。

そうなれば、裕奈も無駄な期待を抱かず、今まで通りの環境で成長できる。


それが、最も合理的な選択だった。


だが――

松永は渉を見つめながら、無意識に拳を握った。

――あの頃と、似ている。


彼の脳裏に、一瞬だけ沙織の姿がよぎる。


大きな才能を持ちながら、それをどう活かせばいいのか分からず、不器用にもがいていたあの少女。

そして、彼女のそばにいたのは、同じく未熟で、けれど彼女を支えたいと願っていた、かつての自分。


沙織は裕奈と同じ国民的女優だった。

だが、若かった自分とのスキャンダルが原因で、芸能界を去った。


「一緒に来てほしい。」

あの時、彼女はそう言ったが、松永は応じなかった。

答えを出せぬまま、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


――結果として、彼女は去り、自分だけがここに残った。


松永は、そっと息を吐く。


久住渉は決して有能なマネージャー候補ではない。少なくとも現段階では。


だが、彼には“何か”がある。

それは、冷静な計算では測れない“感情”の部分――。


裕奈が彼を必要とし、彼もまた裕奈を支えたいと願っている。

その絆がどこまで本物なのかは分からない。


だが、少なくとも、かつての自分と沙織にはなかった“何か”が、そこにある気がした。


――このまま切り捨てるには惜しい。

――もしあの時、俺が違う選択をしていたら。


そんなことを考えるのは、今さら意味がない。

が、もし二人に出来るなら…俺と沙織が辿れなかった未来を見せてもらおうか。


松永は手元の書類を静かに閉じると、窓の外に広がる都会の風景を見つめた。


千鶴は、そんな彼の横顔をじっと見つめていた。

何かを言おうとしたようだったが、言葉にはしなかった。


「……失礼します。」


そう小さく呟くと、静かに部屋を後にした。

扉が閉まる音だけが、室内に響く。


松永はそれを聞きながら、目を瞑り、ゆっくりと椅子の背に身を預けた。

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