試用期間編4(成功と失敗)
仕事を始めてからニ週間が経った。
渉はようやく現場の雰囲気や佐藤の指示にも慣れ始めたが、それでも常に緊張感を抱えながら日々を過ごしていた。
裕奈はいつも通り完璧に仕事をこなし、周囲のスタッフも「やっぱり裕奈さんはすごい」と感嘆の声を漏らしていた。
しかし、渉はその「完璧さ」の裏に隠れた異変に気づいていた。
カメラの前で微笑む彼女の笑顔が、どこか硬い。
撮影が終わった後も、普段なら明るく振る舞う裕奈が、少し疲れた様子で黙り込んでいたのだ。
その日、撮影が終わった後、渉は楽屋で台本に目を通す裕奈にそっと声をかけた。
「裕奈、少し休める時間ある?」
裕奈は顔を上げ、少し驚いたように渉を見たが、すぐに微笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だよ、疲れてなんかないから。」
だが、その微笑みはどこか無理をしているように見えた。渉は彼女のそばに腰を下ろし、小声で言った。
「…分かるよ。裕奈、無理してるだろ?」
その言葉に、裕奈の表情が一瞬で変わった。目を伏せ、かすかに唇を噛む彼女に、渉は優しい声で続けた。
「俺にできることがあれば言ってほしい。何でもいいから。」
裕奈は一瞬戸惑ったようだったが、やがて小さく息をつき、ぽつりと話し始めた。
「最近、少しプレッシャーを感じてて…。失敗したらどうしようって、そんなことばかり考えちゃうんだ。」
渉は静かに頷き、裕奈の気持ちをしっかりと受け止めた。そして、彼女に言った。
「裕奈はもう十分頑張ってるよ。周りの誰よりも。だから、少し肩の力を抜いていいんだ。俺もいるし、佐藤さんもいる。裕奈が辛い時は、俺が支えるって決めたからさ。」
その言葉に裕奈は驚いたように渉を見つめ、次第に表情が緩んでいった。
「…ありがとう、渉。」
彼女はふわりと笑みを浮かべた。その笑顔は自然で、輝いていて、渉が初めて「彼女らしい」と思えるものだった。
笑顔の中に迷いや不安の影はなく、カメラの前に立つ姿は、まさに「高宮裕奈」という存在そのものだった。
渉はほっと胸を撫で下ろすと同時に、自分が彼女の力になれたことに少しの手応えを感じていた。
その様子を見ていた佐藤は、表情こそ変えなかったが、内心では驚きを覚えていた。
(……最近の裕奈さんとは、明らかに違う。)
渉が来る前、裕奈はどこか不安定だった。
仕事はこなしていたものの、以前のような輝きは薄れ、撮影中もふとした瞬間に集中を欠くことがあった。
表向きは平静を装い佐藤以外の誰にも気づかれていなかったが、長年彼女を見てきた佐藤にはわかっていた。
あの頃の裕奈は、何かを探していた――いや、何かを失っていたのだと。
しかし、渉が現れてから、裕奈は変わった。
最初は戸惑いながらも、彼に頼るようになり、次第に表情が柔らかくなっていった。
そして今、彼女は明らかに「本来の高宮裕奈」を取り戻しつつある。
佐藤は目の前の光景を静かに見つめながら、ぼんやりと思う。
(裕奈さんには久住が必要なのかもしれない……。)
確信には至らない。
だが、その考えは頭の片隅に深く刻まれた。
こうして、渉はマネージャー補佐としてささやかながら最初の「成功」を収めた。
彼の支えが、裕奈にとって大きな力となった瞬間だった。
しかし、その裏では失敗も重なっていた。
ある日の撮影前、衣装の手配ミスが発覚した。
衣装が指定された場所に届いておらず、急遽スタッフが奔走する事態となった。原因を確認すると、渉が連絡ミスで確認不足だったことが判明。
撮影前に何とか間に合ったものの、現場の空気はピリピリと緊張感を帯びていた。
また別の日、渉が裕奈の送迎スケジュールを組み間違え、予定より到着がギリギリになったこともあった。
渋滞を見越して早めに出発したつもりが、予定通りにはいかず、佐藤の冷静な判断で間に合わせたが、現場スタッフからは冷ややかな視線を浴びることに。
撮影が終わり、渉は一人で針の筵に座らされているような気分だった。
裕奈が気遣うように視線を向けたが、声をかける余裕はなく、佐藤に引っ張られるように車へ乗り込んだ。
帰りの車内で、佐藤が口を開いた。
「久住、最初から完璧を目指すな。」
その言葉に渉は一瞬驚いたが、続く言葉を黙って聞いた。
「誰だって最初は失敗する。お前は慣れない現場でよくやってる方だ。ただ、何か問題が起きた時、冷静に対応することが大事だ。それに少しずつでいい。完璧じゃなくていいから、失敗した部分を次に活かせ。」
佐藤の声には厳しさとともに、どこか温かみも感じられた。
「分かったら、今日のことをちゃんと整理しておけ。記録をつけて、自分の改善点を見つける。それがお前の成長に繋がる。」
渉は小さく頷いた。
その夜、アパートに戻った渉は、疲れ切った体を引きずりながらノートを開いた。
「何が悪かったのか」「どうすればよかったのか」「次はどう改善するか」
涙で文字が滲むのも構わず、渉はひたすらペンを走らせた。
失敗の悔しさ、自分の未熟さ、現場での責任感。それらが渦巻き、涙が止まらなかった。
「俺が支えるって決めたんだ…。このくらいで諦めてたまるか。」
そう心に言い聞かせながら、渉は書き続けた。ノートに書き溜めた文字が、自分を変えるための道標になると信じて。
渉のマネージャー補佐としての試行錯誤の日々は続き、そして1ヶ月が経過した。
好きな女の子のために頑張る男の子ってシチュエーションが好きです。
そうなりたいって憧れますね。




