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試用期間編3(踏み出した第一歩)

朝の光が差し込む部屋。渉は鏡の前に立ち、ネクタイを締め直した。

スーツは大学のイベントで着たものを引っ張り出してきたが、改めて自分の姿を見て少し気が引ける。


「……これで大丈夫だよな。」


鏡越しに深呼吸をし、渉は小さく「よし!」と気合を入れた。スーツに身を包んだ自分をもう一度見てから、アパートを後にする。


事務所のエントランスに着くと、裕奈が待っていた。

髪をまとめ、シンプルなワンピースを着た彼女は、周囲を明るくするような笑顔を浮かべている。


「おはよう、渉! スーツ、似合ってるよ。」

「お、おはよう。」

裕奈の笑顔に少し戸惑いながらも、渉はぎこちなく返す。

そして、小さく咳払いをして真面目な表情を作った。


「これからよろしくな。俺も精一杯頑張るよ。」

「うん!」

裕奈は嬉しそうに頷いた。その瞳には期待が滲んでいて、渉は改めて責任の重さを感じた。


裕奈に連れられ、事務所内を歩いていくと、マネージャーの佐藤が待っていた。

30代半ばの佐藤は背が高く、きっちりとスーツを着こなしている。

落ち着いた物腰で、初対面の渉に軽く会釈した。


「初めまして。佐藤です。君が久住渉くんだね。裕奈さんのマネージャー補佐として働くんだったね。」

「はい、本日からお世話になります。」

渉は少し緊張しながらも、きちんと挨拶をする。


佐藤は頷き、手に持ったタブレットを見せながら仕事の説明を始めた。


「補佐の主な役割は、裕奈さんのスケジュール管理のサポートや現場での簡単な雑務だ。直接対応する場面も増えると思うが、まずは俺の指示をしっかり理解して動いてほしい。」


「分かりました。」

「それから…」

佐藤は少し目を細めて渉を見た。

「裕奈さんは人気女優だ。彼女のイメージを守ることが、我々の最優先事項だということを忘れないでほしい。」


渉はその言葉を受け止め、小さく頷いた。その真剣な眼差しに、佐藤は少しだけ笑みを浮かべた。


「まあ、最初は慣れないことも多いだろうけど、一歩ずつ覚えていけばいい。頑張れよ。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」


佐藤との挨拶を終え、仕事の説明を受け始める渉。

裕奈は少し離れた場所で彼を見つめながら、応援するように微笑んでいた。


渉が初めて立ち会った裕奈の撮影現場は、熱気と緊張感に満ちていた。

スタッフが忙しく動き回り、監督の指示が飛び交う中、渉は自分の居場所を探すように周囲を見渡していた。


佐藤からは「まずは現場の流れを覚えろ」とだけ言われていたが、いざ現場に立つと、何をどう見ればいいのかさえ分からず圧倒されていた。


カメラの前に立つ裕奈は、一瞬で雰囲気を変えた。明るい笑顔、悲しげな表情、深い眼差し――カメラが回るたびに別人のように見える。


「…すごい。」


渉はその様子を目の当たりにし、息を飲んだ。

小学校時代の「控えめで泣き虫だった裕奈」とは別人だったが、それでも確かに同じ人物であることを感じた。

彼女がこの世界で本当に「月よりも輝く存在」になったことを、目の前の演技が証明していた。


裕奈の姿に感動しながらも、自分の仕事は何なのか、自分が何をすればいいのか――そんな不安も渉の胸には渦巻いていた。


撮影が終わり、午後のスケジュールのためにスタッフが準備を進める中、渉は佐藤の後をついて回りながら、仕事の流れを必死で覚えようとしていた。


「現場ではとにかく目を配るんだ。裕奈が動きやすいように、周りが何を求めているかを察すること。それがマネージャー補佐の第一歩だ。」


佐藤の言葉を聞きながら、渉はノートを取り出し、思いつく限りメモを取り始めた。


撮影が終わり、午後のスケジュールのためにスタッフが準備を進める中、渉は佐藤の後をついて回りながら、仕事の流れを必死で覚えようとしていた。


仕事を終え、事務所を出たころにはすっかり日が落ちていた。


帰りの電車に揺られながら、渉は今日の出来事を思い返していた。


(……正直、想像以上に大変だったな。)


朝から晩まで走り回り、気を張り続けたせいで、全身が鉛のように重い。


ようやくアパートに帰り着き、靴を脱いだ瞬間、ふらつきそうになった。


(こんな状態で、これから先やっていけるのか……?)


しかし、疲労感と同じくらい、胸の奥に小さな達成感もあった。


自分はまだ何の役にも立てていない。

でも、今日学んだことを一つずつ積み重ねていけば、いつか裕奈を支えられるようになるはずだ。


その想いを忘れないために、渉はデスクに向かい、ノートを開いた。

「とにかく目を配る」「相手が何を求めているかを考える」

佐藤の言葉を思い返しながら、今日の学びを丁寧に書き留めていく。


(明日はもっと動けるようにならないと。)


ペンを置き、軽く伸びをした瞬間、強烈な眠気が押し寄せた。

渉はノートを机の上に置いたまま、ベッドに倒れ込む。


そして、電気を消すことも忘れたまま、深い眠りに落ちた。



⭐︎



翌朝、スマホのアラームが鳴り響く。

「……っ」

渉は顔をしかめながら目を開けた。


カーテンの隙間から差し込む薄暗い朝の光が、ぼんやりとした視界に映る。


(……あれ、俺、いつ寝たっけ?)


起き上がろうとして、デスクに開いたままのノートが目に入る。


(ああ……昨日、ノートを書いて、そのまま寝落ちしたのか。)


眠気を振り払いながら、渉はデスクに置かれたスケジュール表を手に取った。


そこには、裕奈の撮影、雑誌インタビュー、テレビ番組の収録がびっしりと詰まっている。


「……今日も気を引き締めないとな。」

小さく呟くと、渉は意を決してベッドを抜け出した。


渉は薄暗い朝の光の中、佐藤から渡されたスケジュール表をじっと見つめていた。


スケジュール表には、裕奈の撮影、雑誌インタビュー、テレビ番組の収録がびっしりと詰まっている。

撮影場所やインタビュー会場はすべて異なる場所で、分単位の移動が求められるタイトな一日だった。


初めてのフル稼働の日に、渉の手は少し震えていた。


スマホに目を移すと、佐藤からのメールが届いていた。そのメッセージはいつも通り簡潔だった。


「現場に慣れるにはまず走り回れ。それが補佐の第一歩だ。」

渉は小さく息を吐き、スケジュール表を鞄にしまいながら呟いた。

「走り回れ、か……言うのは簡単だよな。」


朝から撮影現場に入った渉は、緊張の中でも必死に周囲を観察していた。

スタッフ同士の指示出しや、機材の配置、裕奈のメイクと衣装の準備…全てが目まぐるしいスピードで進んでいく。


渉も佐藤に指示を仰ぎながら、時には指示を待つ余裕すらなく動き回った。


撮影が終わると次はインタビュー会場への移動だった。

裕奈を車へ誘導しながら、会場へのルートを確認する渉。

道中でも彼女の水分補給やスケジュールの確認を欠かさない。


インタビューでは、スタッフの手伝いをしつつも裕奈の表情を常に見守っていた。

撮影現場での集中した姿とは異なり、インタビュー中の裕奈は柔らかく丁寧な態度を見せていた。


だが、ふとした瞬間に見せる疲労の影が気になった渉は、インタビューが終わった後に小声で尋ねた。

「裕奈、大丈夫か?」


裕奈は疲れを隠すように微笑んで頷いたが、その笑みが少しだけぎこちないことに気づいた渉は、すぐに佐藤に報告し、次の移動中に少しでも休めるよう調整を提案した。


午後のテレビ番組収録でも同じだった。

会場内を走り回りながらも、渉の視線は常に裕奈の様子を追っていた。

出演者の控室で、佐藤に軽く肩を叩かれた渉は一瞬驚いたが、佐藤が言った一言に胸を熱くした。

「ちゃんと見てるじゃないか。」


夜、全てのスケジュールを終えて帰宅した渉は、ぐったりとベッドに倒れ込んだ。

全身が疲労で重く、動けなくなるほどだった。


だが、目を閉じる前にノートを開き、今日一日で学んだことや改善点を書き留めた。

「佐藤さんの指示をもっと早く理解するべきだった。裕奈の衣装を運ぶタイミングも見逃してしまったな…。でも、裕奈の演技はすごかった。」


「補佐の第一歩は走り回ること――佐藤さんの言葉、少しだけ分かった気がする。」

そう呟いてペンを置いた渉は、深い眠りに落ちていった。翌日もまた、裕奈を支えるための新たな挑戦が待っていた。


こうして、久住渉のマネージャー補佐としての一歩が始まった。

自分の初出勤の時の事を思い出しました。

慣れないスーツ着て右も左も分からず、帰ってきたらクタクタでしたね…。

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