小学生編5(母の予感)
オーディションでの合格をきっかけに、裕奈は次第に芸能活動が忙しくなり始めた。
まだ子役としての仕事が中心だったが、撮影やレッスンが少しずつ増え、学校や友達と過ごす時間が少しずつ減っていく。
そんな中でも、渉とはたまに会うことがあった。
裕奈のスケジュールが空くと、近所の公園で遊んだり、渉の家で一緒に宿題をしたりと、短いながらも二人の時間を大切に過ごしていた。
放課後、渉はいつものように裕奈を誘い、一緒に遊んだ後、自分の家に連れてきた。
裕奈は最初こそ遠慮がちだったが、渉の「うちの家族、みんな優しいから安心して」という言葉に押され、玄関をくぐった。
リビングでは渉の母・奈津子が二人を待っていた。
奈津子は裕奈の顔を見て、柔らかい笑みを浮かべた。
「まあまあ、裕奈ちゃんね。渉からよく聞いてるわよ。こんな可愛い子が遊びに来てくれるなんて、うちは息子ばかりだからこんな娘が欲しかったのよね。」
裕奈は丁寧にお辞儀をしながら答えた。
「初めまして。お邪魔します……渉くんにはいつもお世話になっています。」
その礼儀正しい態度に奈津子はすっかり感心し、すぐにお菓子とジュースを用意して二人を歓待した。
渉の父・誠もたまたま会社が休みの日に顔を出し、裕奈に挨拶をしていた。
「裕奈ちゃんか。渉がこんな可愛い友達を連れてくるなんて珍しいな。家でゆっくりしていきなさい。」
まだ幼稚園生だった弟の健太も興味津々で裕奈を見上げ、無邪気に話しかけてきた。
裕奈は少し驚きながらも、優しく健太に話しかけ返していた。
そんな光景を見て、奈津子は渉をキッチンに呼び、小声で話しかけた。
「渉、あの子、本当に可愛らしい子ね。それにどこか他の子と違う何かを感じるわ……お母さんの勘だけどね。あの子、これから大変なこともあると思う。あなたがしっかり支えてあげなさいよ。」
その言葉に、渉は少し照れくさそうにしながらも、真剣な目で答えた。
「俺が絶対支えるよ。裕奈には、俺がずっと味方だって伝えるから。」
奈津子は渉の決意に微笑みながら、背中を優しく叩いた。
一方、その日の夜、裕奈も母・千鶴に渉とのことを話していた。
「今日ね、渉の家に遊びに行ったの。すごく楽しかった!」
裕奈の目はキラキラと輝いていた。
しかし、千鶴は表情を曇らせた。
「裕奈、渉くんと遊ぶのはいいけど、あまり夢中になりすぎないようにね。」
「どうして? 渉くんと遊ぶの楽しいよ。」
「裕奈はこれから芸能界で頑張らなきゃいけないの。普通の子と同じようにはいかないのよ。遊びよりも、もっと優先することがあるでしょう?」
千鶴の言葉は、裕奈の心に小さな影を落とした。それでも裕奈は反論せず、静かに頷いた。
⭐︎
ある日、裕奈と遊んだ帰り道、渉はその日の出来事を家族に話していた。
「今日は裕奈と公園でキャッチボールしたんだ。あいつ、投げるの下手くそでさ。」
渉は笑いながら話す。けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
すると、奈津子が台所から顔を出して、ニヤリと笑う。
「渉、もしかして裕奈ちゃんのこと好きなの?」
突然の問いに、渉はぎょっとした顔をして言い返す。
「えっ、そんなわけないだろ! ただの友達だよ!」
「そう? でも、楽しそうに話すからそう見えちゃうのよね。」
奈津子はくすりと笑って、台所に戻る。
渉はなんとなく顔が熱くなるのを感じながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「……友達だって言ってるのに。」
それからも渉と裕奈は会うたびに楽しく遊んでいたが、次第にその頻度は減っていった。
裕奈の仕事が忙しくなるにつれ、「次はいつ会える?」と聞く渉に対して、裕奈は笑顔で「またすぐだよ!」と答えながらも、どこか申し訳なさそうな顔を見せるようになった。
裕奈の心には母の言葉がいつもあった。
けれど、渉と過ごす時間は彼女にとってかけがえのないひとときであり、その笑顔だけは絶やさないようにしていた。
渉もまた、裕奈と遊ぶ時間を何より楽しみにしていた。
しかし、次第に「友達」という枠では割り切れない感情が芽生えつつあることに、彼自身はまだ気づいていなかった――。
少しずつ距離が広がる二人。
それでもお互いにとって、相手は特別な存在であり続けた。
幼い二人の間に芽生えた絆は、これからの人生に大きな影響を与えていくことになる。




