小学生編1(二人の出会い)
夏休みが終わって間もない初秋の昼下がり。
小学校の校庭は賑やかだった。
サッカーゴールの前では、小学3年生の渉と数人の男子が夢中になってボールを追いかけている。
渉は一際活発で、クラスの中心的な存在だった。
ボールを追いかけ、笑い声が絶えないその光景は、微笑ましいものだった。
ふと視線を向けると、校舎の隅に一人ぽつんと座っている女の子がいた。
長い髪を風に揺らしながら、どこか寂しげな表情をしている。
ーーあの子は、最近クラス替えで一緒のクラスになった子だよな?
渉は足を止め、気になってその子の方へ歩いていった。
「ねえ、何してるの?」
その女の子――裕奈は、少し驚いたように顔を上げたが、すぐに目をそらした。
「……え?」
「そんなとこで一人でいるなんてもったいないよ。俺たちと一緒にサッカーやろうよ!」
「サッカーなんてやったことないし…いいよ。」
裕奈は消極的な声で答えたが、渉は気にせずニコッと笑った。
「大丈夫だよ!みんな初めはやったことないんだし。それに、ただボールを蹴るだけでも楽しいから!」
裕奈は一瞬困ったような顔をしたが、渉は気にせず続ける。
「別にできなくてもいいからさ。みんなで遊ぶ方が楽しいだろ?」
渉の明るさに押されるようにして、裕奈はしぶしぶ立ち上がった。
渉は彼女の手を引いて、友達が集まる場所まで連れていった。
「みんなー、新しい仲間だ。名前は…えっと?」
「……高宮裕奈。」
「高宮だって、みんなよろしくな!」
友達が「よろしく!」と声をかけると、裕奈は少し恥ずかしそうにうつむきながら小さく頷いた。
渉がボールを手渡しながら言った。
「まずは思いっきり蹴ってみなよ。遠くに飛ばしたらカッコいいぞ!」
裕奈は緊張した面持ちでボールに向き合い、渾身の力を込めて足を振り上げた。
「ポーン!」と心地よい音とともに、ボールは弧を描いて遠くへ飛んでいった。
「おおっ、すごいじゃん!」
「ほらな!高宮、やればできるじゃん!」
友達の歓声を受け、裕奈は初めて笑みを浮かべた。胸の中に少しずつ温かいものが広がっていくのを感じながら、彼女は渉の顔を見上げた。
「…ありがとう。」
それが、裕奈が初めて友達の輪に入った瞬間だった。
渉に手を引かれるようにして、彼女は新しい世界への一歩を踏み出したのだ。
☆
ある日の放課後、渉は教室に忘れ物を取りに戻る途中、校舎裏の静かな場所からすすり泣く声を聞いた。
声のする方へ足を向けると、そこに膝を抱えて泣いている裕奈の姿があった。
「高宮…?どうしたの?」
裕奈はハッとして顔を上げたが、目は涙で赤く腫れている。顔を上げたその瞳は赤く腫れていて、涙の跡が頬を伝っていた。見られたくないとばかりに顔を背けた。
「…別に。何でもない。」
渉はその場にしゃがみこみ、真剣な表情で言った。
「嘘だろ。泣いてるのに何でもないわけないじゃん。教えてよ、何があったの?」
しばらくの沈黙のあと、裕奈は絞り出すように言葉を紡いだ。
「……みんな、私のこと変だって言うの。暗いとか、調子に乗ってるとか…私、どうしても嫌われちゃうのかな…」
裕奈の声は震えていた。
当時の彼女は、まだ子どもながらにクラスの女子たちの言葉を真正面から受け止めてしまっていた。
自己主張が低いと「暗い」と言われ、整った顔立ちのせいで「調子に乗ってる」と妬まれる。
それがただの誤解や嫉妬、からかいから来ていることに気づく術はなかった。
渉は裕奈の隣に腰を下ろし、彼女の顔を真っ直ぐに見て言った。
「でもさ、俺は高宮のこと、全然変だと思わないよ。」
裕奈は驚いて顔を上げた。
「でも、みんな…」
「みんながどうとか関係ない。俺がそう思わないんだから、高宮はそのままでいいんだよ。」
「むしろ、可愛いってみんな思ってるんじゃないの?……だから、嫉妬されてるとか?」
渉は無邪気にそう言った。だがその一言が裕奈の心を深く揺さぶった。
渉の言葉に戸惑いながらも、裕奈はわずかに目を潤ませたまま聞いていた。
「それに、もし誰かに何か言われたら、俺が味方になってやる。何があっても俺が高宮のこと支えるから。」
その一言に、裕奈の胸はじんと熱くなった。クラスで浮いていた自分にとって、渉の存在は眩しいほどに温かかった。
「……本当に?」
「本当だよ。俺は嘘つかないから。」
渉は笑いながらそう言うと、立ち上がって手を差し出した。
「……久住くん…ありがとう。」
裕奈は初めて笑顔を見せ、その小さな手を渉の手に重ねた。
その言葉に、裕奈はぽつりと微笑んだ。
クラスで浮いていた裕奈にとって、渉は初めての「ヒーロー」だった。
孤立していた彼女に手を差し伸べ、誰よりも優しく、まっすぐに彼女を見てくれた唯一の存在。
渉の言葉は、涙で揺れていた彼女の心をそっと支えた。




