呪いと祝福
残酷な描写や、人が死ぬ描写があります。
苦手な方はお読みにならないでください。
月のように
満ちては 欠けてを 繰り返す。
もはや何度目かも分からない。
繰り返されるこのやり取りも、茶番にしか思えない。
何故繰り返されるのかも分からない。
呪いとしか言いようがない。
一度目は、婚約者である殿下に近付く下位貴族の男爵令嬢を遠ざけようとした。己の立場を守るのは当然のことだから。結果、私は悪女として衆目の中断罪され、国外追放となった。貴族の令嬢として生きてきた私が市井に放り出されて生きていけるはずもなく、穢され、傷付けられ、命を落とした。
二度目は婚約者の殿下と件の男爵令嬢の仲を邪魔しないようにした。王は妻となる妃を何人も持つことが許されていたから。けれど、私はまた冤罪によって断罪された。
三度目、殿下の婚約者となることを辞退するも、他の令嬢達が婚約者となっても問題がおき、最終的に私が婚約者となってしまった。そしてまた断罪され、絶望してバルコニーから身を投げた。
何度も
何度も
どう足掻いても婚約者にさせられる。そうしてまた断罪される。
家族にどれだけ訴えても私の気持ちは分かってもらえない。人が変わったように私に冷たく接する家族、友人、婚約者である殿下。
学生の間の火遊びだろう
それぐらい許してやれ
そういったところが可愛げがない
お心にもう少し余裕を持たれては?
──……様々な言葉で否定された。私の心は擦り切れていった。
もう私の中に殿下を慕う気持ちはない。
恐怖もない。憎んだ時もあった。でも今はそれすらない。
なんでもいい。なんでもいいから、終わらせて。
苦痛しかもたらさないこの呪いから解放されたい。
目の前に婚約者である殿下が、男爵令嬢を伴って立った。いつもの断罪が始まるのね、と捨て鉢になっていた私の顔に、何かがかかった。一瞬遅れて悲鳴が会場を満たす。
赤い液体を首からあふれさせながら、殿下が悲しそうに私を見る。
「……すま……ない……これで……君は……解放され……る……」
頭から赤い液体を浴び、白いドレスが真紅に染まった男爵令嬢が絶叫し続ける。目の前で叫んでいるのに、どこか夢のようで、遠く感じられる。
殿下の手から落ちた短剣。次の瞬間、殿下が倒れた。
慌てて殿下の頭を膝にのせ、名を呼ぶ。閉じていた目がうっすらと開かれて、一筋の涙がこぼれた。
「あい……して……る……アーシ……ア……」
瞼が閉じられて、何度名を呼んでもその目が開かれることはなかった。
もうなくなったと思っていた殿下への想いが、私の心を埋め尽くす。
繰り返しているのを、殿下も知っていたのだ。この呪いを解くのに、ご自身の命を投げ出してくださった。私のために。
そばに落ちている短剣を手にし、目を閉じた。
「今、参ります」
痛みと、何かが身体から溢れていくのを感じる。力が抜けていく。
悲鳴がどんどん遠ざかっていく。
命が失われていくのが分かっているのに、私の心は満ち足りていた。今までのような、絶望はなかった。
殿下の想いが、私の心を救ってくださった。
昔々、とある王国で、呪われた侯爵令嬢がおったそうな。
その呪いは愛する王子に裏切られ、侯爵令嬢が命を落とすというもの。それも、何度も繰り返されるという、恐ろしい呪いじゃったそうな。
侯爵令嬢が命を落とすと、それまで夢中になっていた男爵令嬢への想いが露と消え、侯爵令嬢を愛していた者達は絶望したのじゃ。
何故あのような酷い仕打ちを愛する少女にしたのかと、自分達のしてきたことが信じられなかったのじゃろう。
男爵令嬢は魔女と疑われ、すぐさま捕えられたが、たとえ男爵令嬢を処罰したとして、侯爵令嬢は戻らん。自分達の罪もなくならない、命とはそういうものじゃ。
苦しみ、自ら命を断つ者も少なくなかったとか。憔悴して命を落とした者もいたという。
呪いはそれでは終わらんかった。
死んだはずが、時が遡っている。皆、アレは夢だったのかと半信半疑だったそうな。けれど、覚えているんじゃ。この後にどうなっていくのかをな。
誰もが同じことにならないように思っても、時が来ると身体がいうことをきかなくなり、またしても侯爵令嬢を追い詰め、命を奪った。
繰り返しの中で、侯爵令嬢だけは行動が異なったそうじゃが、その他の者は自由がきかなかった。解放されるのは決まって侯爵令嬢が命を落とした後。
何度も繰り返される呪い。中には心が折れる者もおったが、侯爵令嬢の家族と、婚約者の王子だけは諦めんかった。自由がきく間にひたすらに呪いを解く方法を探したんじゃよ。
──お祖父様、呪いは解けたの?
──侯爵令嬢、かわいそう。
呪いをとく方法は見つかったがの。侯爵令嬢の家族は呪いを解くために実行に移したが、それでも呪いは解けんかった。
──えぇーっ!
王子もまた、呪いを解く方法にたどり着いた。そうして、躊躇うことなく実行したのじゃ。
──どうやって呪いを解いたの?!
──侯爵令嬢は助かったの?!
真に愛する者の魂を捧げる。
侯爵令嬢の家族も心から愛しておったが、この呪いが指す真に愛する者というのは、王子のことだったようでな。
──魂を捧げたら死んじゃうんじゃないの?!
そうじゃよ。魂を捧げたら、人は死ぬ。
王子は愛する侯爵令嬢を呪いから救い出したかったんじゃよ。己の命を捨ててでも。
──そんなの酷いよ! 二人は想いあっているのに!
……呪いをかけたのは、双子の女神の妹神でな。
王子を見初め、己の現し身となる少女と結ばせたいと願ってしまった。
途中までは上手くいくのじゃ。けれど侯爵令嬢が命を落とすと皆、正気を取り戻す。妹神が何度時を戻しても、女神の現し身を王子は愛さない。絶望した女神は呪いを放ち、邪神へと堕ちて消滅した。
……呪いは永遠に続くかと思われた。
神の呪いを断つのは至難の業。双子の姉神の力を持ってしても消すことはできなかったのじゃ。呪いを解呪しようにも、妹神が命をかけた最後の呪いは、神がこの呪いを解くことはできないというものじゃった。
姉神は呪いを受けた者達が、記憶を持ったまま繰り返すようにした。妹神の呪いには干渉しなかったため、上手くいったのじゃよ。
けれど、呪いを完全に消すには真に愛する者の魂を捧げねばならん。
姉神は祝福を授けた。
真に愛する者達が、お互いを想い合って命を捧げたならば──
──あ、お母様!
──あなた達、宿題は終わったの?
──そうだった!
──先生に怒られちゃう!
──まったくもう、あの子達ったら。
大丈夫じゃよ。年寄りの昔話でよければいつでも話してやろう。
──ふふふ。
どうかしたか?
──私も子供の頃、何度もそのお話を聞かせてほしいとねだったことを思い出しましたの。
そうじゃの。そなたもこの話が好きじゃったな。ところで、何か用事があったのではないのか?
──あぁ、そうでした。お母様にお茶の用意ができたからお父様を呼んできてほしいと頼まれたのです。今日はお父様の大好きなお茶ですのよ。
そうか。それは楽しみじゃ。
──どれだけ練習してもお母様と同じ味にはならなくて、悔しいわ。
シアのお茶は美味じゃからな。大丈夫、そなたもそのうち淹れられるようになる。