8.ボロボロの毬。
──……たる。
──玉垂……!
「玉垂!!」
「ん……」
ボクを呼ぶ声に、薄らと目を開ける。
眩しい光が直撃してきて、ボクは呻く。
「玉垂……っ。起きた? ごめん。ごめんね?
そんなに悲しまないで。ハンカチなんて、いくらでも
持っているのよ? 気にすることなんてなかったのに」
その声にハッとする。
目を開けるともう日が高い。
いつの間に眠ってしまったんだろう?
どれくらい寝てしまったのかな?
ボクは慌てて起き上がる。
起き上がるとポロリ……と目から涙が零れ落ちた。
「あ。」
「玉垂……」
目の前の紫子さんは、ボクの涙を見て
苦しげに眉を寄せた。それから手のひらで
ボクの涙を拭ってくれた。
……玖月善女さまと同じ、細い指。
そして、盛誉と同じ、あったかい手。
「泣いて……いたの?」
心配げな声が降ってくる。
「あ……ううん。欠伸したから、きっとそのせい」
咄嗟にそう言ったけれど、紫子さんの顔は
暗い。
ボクはそれを見て慌ててしまう。
──悲しませたくない。
咄嗟にそう思ってしまった。
ゴシゴシ顔を擦って、慌てて声を張り上げる。
「ち、違うんだ! ホントにこれは──……ん?」
違う違うと手を振ろうと、目の前に突き出した
その手を見て、ボクはゴクリ……と唾を呑む。
だって、握っていたから。
紫子さんのハンカチ。
あの破れたハンカチを──。
思わず喉が悲鳴を上げる。
「……ご、ごめんなさい。ボクがボクが──」
不注意で破ってしまった。──そう言おうと思った。
そう言って謝ろうとしたのに、広げた
そのハンカチを見て、ボクの言葉は消えた。
あれ……破れ、て……ない──?
ううん、それだけじゃない──
「これって、『麻の葉模様』……?」
紫子さんの後ろにいた瑠奈さんが
溜め息をつくように呟いた。
そう。麻の葉模様。
まるで金平糖のような、金糸と銀糸の刺繍。
測ったように真っ直ぐで、それから見事なまでに
均等な、その刺繍。
ボクはさっき見た夢を思い出す。
──『丁寧に縫わないと……』
そう言って、微笑んだ玖月善女さまの横顔。
「……」
「え? うそ……うわっ、これってすごい!
これ玉垂が縫ったの!?」
紫子さんが歓声をあげた。
それもそのはず。見事なまでの刺繍。
豪勢……とは言えないけれどとても丁寧な、刺繍が
施されていた。
「え、違……」
「玉垂は、本当に何でも出来るのね?」
瑠奈さんが感心したようにハンカチを見る。
破れたはずの薄桃色のハンカチには、丁寧な刺繍が
施されているだけでなくて、ほつれないように
破れた所の補習も、完璧になされていた。
ボクは驚いた。
だって、そんなハズない。
そんなハズないじゃないか。
だってあれは、夢だったんだから──
──チリン。
「……?」
体を動かした途端、聞き慣れた音がした。
「ん? 玉垂? そっちの手には何を持っているの?
……それは毬……かしら」
言われてハッとする。
まさか……まさか!
恐る恐る音のした方を見てみると、そこには
ひどくボロボロになった小さな毬。
ちょこん。とボクの左手に収まっている。
子猫の時には、まだ大きく見えていたのに
今手にしてみると、ひどく小さい。
「──あ……」
毬を見た途端、視界がぼやけた。
「た、玉垂……?」
心配げな紫子さんの声が聞こえた。
でもボクはもう、言い訳も説明も
なにも出来なかった。
出来たのは、ただ泣くことだけ。
今のボクには、それしか出来なかった──。