チェックメイト雑談
64枚のタイルが敷き詰められた部屋に、冠をいただいた年齢不詳の男が二人いた。全身真っ白の冠と、全身真っ黒の冠が向かい合って紅茶を飲んでいる。
「この度は、あなたが災難でしたな、黒さん」
「過ぎ去ったことですし慣れたことですよ、白さん」
「私の戦車が二台、黒さんを通せんぼしましたが、いかがでしたか。なめらかに縦一直線に走っていたでしょう」
「まあまあのキレでしたな。しかし、いやらしい。7段の1行ではなく2行にはじめの戦車を停めるとは。左右1マスしか逃げられなくなった。それからつぎの戦車が8段の2行ですよ」
「はじめを1行にしては、黒さんは前、左斜め前、右斜め前へ進められるでしょう。それでは攻めた意味が無い」
二人は、晴れやかに笑った。
「白さん、最近の悩みを聞いてくれますか」
「どうぞ、どうぞ」
「私のペット、象2頭がため息ばかりついておりまして。どうも、何回試してもあなたをつかまえられないようで落ち込んでいる」
「なんと! あなたもでしたか。私の象どもと同じだ。9,999回黒さんと追っかけっこしたけれどもタッチできない、と」
白い冠と黒い冠がともに右へ傾いた。
『おかしいですな』
「私と2頭いれば、あなたを追い詰められますよ」
「それは私の側もですよ白さん。それがですね」
「はい」
「いつもコンビでいないと決められないと嘆いている。万が一どちらかが倒れても、私と勝利をつかめないか模索しているのです」
「そうでしたか、それなら永久に決着がつきませんな。あの象どもは、全部話してくれぬ。ソロで追っかけっこしたかったのか」
「あなたのペットは、シャイですものな」
二人は二杯目のぬるい紅茶に口をつけた。
「お互い、苦労しますね」
「仕方のないことですよ、白さん」
「前にも訊きましたが、もし一度だけ成り下がれるならば、何になりますか」
「145,263回目の質問ですよ、黒さん。私は歩兵です、揺るがない答えですな」
「白さんらしい。早く休めるし、端まで進んだら褒美がもらえるからでしょう」
「ティアラをつけてみたいのだ。こんなぼてっとした物をずっとかぶりとうはない。飛び跳ねる騎士にも憧れます。象に生まれ変わって斜め歩きをしたい。戦車として縦横無尽に疾走したい」
「夢がいっぱいですな」
白い歩兵と黒い歩兵が「我が君」と呼んでいた。
『時間ですね』
白い冠はe1と呼ばれる黒い床へ、黒い冠はe8と呼ばれる白い床へ行く。
『さあ、遊びましょう』
あとがき(めいたもの)
改めまして、八十島そらです。
聖夜が近いので、親戚のお子達に贈り物をしようかと、玩具売り場を歩いていました。たまたま目に入った物が、チェス盤だったのです。用事を済ませて帰宅し、一気に書き上げました。
ちなみに僕は、西洋将棋という呼び方が好きです。西洋将棋の本があまり売っていなくて、さびしいです。