8 地下の書庫で
マスターズさんの古本屋の奥に細い通路があって、左隣はトイレですが、その角を右に曲がったところに、古めかしいペーパーバックが並んでいる本棚がありました。
マスターズは、まわりを気にしながら、その本棚を扉のように開きました。開いた扉の向こう側には、狭い部屋があって、石造りの階段が地下へと続いているのでした。
「こんなところに地下室があったのね」
とマドレーナは声をひそめて言いました。
50年前に建てられたこのラビットランドタワーにこんな隠し部屋があるなんて驚きです。
「誰にも言ってはいけないよ」
マスターズはそう言うとおそろしい目つきでふたりを睨みます。
こうして三匹のうさぎは地下へと続く階段を降りてゆくのでした。
そこは埃くさくて狭い部屋でした。ほとんど茶色く焼けてしまったぼろぼろの古本がところどころに積まれています。その多くが発禁本です。発禁本というのは、販売することが国によって禁じられている本のことです。
その多くが国家の政治を批判した本でした。エレクトロンポリスでは、政府によってきびしく出版物が管理されている一方で、多くの発禁本が市場に出まわっていのです。
「このエレクトンポリスの腐敗っぷりがな、こんなにも多くの発禁本を生んだのだ。君たちにこの意味が分かるかな」
とマスターズは不機嫌そうに唸り声を上げます。
「うさぎの抜け穴が記されている地図はこれだ。このエレクトロンポリスで探偵として働くには、必須のアイテムだろう。さあ、手に取ってみてみなさい」
ロップがその地図を手に取って、よく見てみると、なるほど地図の至るところに、赤や青色の線が引いてあって、そこに秘密の通路があることを意味するような書き込みが添えられています。
「これはすごい地図だ。でも、おいくらですか?」
「お値段がつけられないほどのものさ。でもね、君がわたしの頼みを聞いてくれるなら、そいつを無料でゆずってもいいのさ」
「頼み? それは探偵としての仕事の依頼?」
「そういうことになるかもしれんな」
マスターズは軽く、咳払いをします。マスターズは奥の本棚に歩み寄って、そこから分厚いハードカバーの本を取り出してきました。それは本当にページが焦げ茶色にやけてしまった古本なのでした。
「この本を読んでくれたまえ」
そう言って、マスターズはそれをロップに手渡します。
「これは古い書体だ。今のフェザーランドの書き方じゃないよ」
とロップは言いました。
「その通り。それはつまり200年ほどの昔に記された日記なのさ。探偵さんとやら、わたしはね、その日記を手に入れた時、これでこのエレクトロンポリスの秘密が解き明かされると喜んだものさ。でもね、わたしにはそのための推理力がないし、この秘密をめぐって、ギャングや警察と渡りあう元気はもう残されていないのさ」
「秘密って? 秘密ってなんのこと?」
ロップは秘密という言葉を聞いて、垂れている耳が立ち上がりそうなほど緊張しました。
「エレクトロンポリスの地下に迷宮があると記されているのさ、その日記には!」
「な、ななななんだって?」
ロップは軽く跳び上がると、すぐさまさっと身を引いてかまえます。
「300年前に狼たちがこの地にやってきて、このポリスを築き上げた。ところがそこは昔からいわれているような荒野ではなかった。そこには古代文明の遺跡があったのだよ。それは今でも、エレクトロンポリスの地下に眠っている。そういうもろもろのことがその日記には記されているのだよ」
「それはとてつもない発見じゃないか。ねえ、すぐに発表しましょうよ!」
ロップはだんだん興奮してきました。
「ところがだ、エレクトロンポリスの王室はこの事実をかたくなに隠そうとしているのさ。そこになにか、見つかるとまずいものがあるからなのか、わたしにはわからないが……」
ロップは興奮した前足つきで、その分厚いハードカバーの古本のページをめくります。それはとある冒険家のうさぎの日記のようでした。ところどころページが破けているので、完全な内容はわかりません。それでも、この日記を書いたうさぎの、地下の迷宮について後世に伝えようという意思がひしひしと伝わってくるのであります。
「この謎を解き明かすのがわたしの長年の夢だった。それを叶えてくれるのならわたしは、このうさぎの抜け穴について記されている地図を君にプレゼントしようと思う……」
マスターズの小さな瞳は、らんらんと輝いています。ロップはもちろん、乗り気です。なぜなら、ロップはギャングと弾丸を撃ち合うことは苦手でも、小さな頭をひねって、謎を解くのは大の得意だったからです。
「ロップ。引き受けなさいよ。だって、あなた今、仕事ないんでしょ?」
とマドレーナが痛いところをついてきました。
「わかってるよ。それに地図は必要だし……。僕、この本の謎を説き明かしてみせます」
「ありがとう。そう言ってくれると信じていた。それじゃこの地図と古本を君に渡そう」
そう言うとマスターズは笑顔になったのでした。
三匹は石造りの階段をのぼり、マスターズの古本屋のカウンターに戻りました。そして、ロップはマスターズにその古本と地図を茶紙に包んでもらいました。
「くれぐれもギャングや警察にその本のことを喋らないようにね」
とマスターズは念を押しました。
「わかってますよ。かならずエレクトロンポリスの地下迷宮の秘密を説き明かしてみせます」
とロップは自信ありげに自分のふかふかの胸をポンと叩きました。
ロップとマドレーナはマスターズの古本屋を後にすると、再びあの吹き抜けのホールにむかいました。その一階の円形のステージの上で、陽気なジャズバンドが、古めかしいジャズを奏でていたので、そこでちょっと休憩していこうということになりました。ロップは茶紙に包まれた古本を抱えながら、丸い椅子に座り、ジャズバンドを見上げているのですが、そうしているうち、自分が無性にわくわくしていることに気がつきました。ロップはなぜわくわくしているのでしょう。それはこのごろつきばかりのエレクトロンポリスで、はじめて自分が探偵として活躍できる場所を見つけたからでした。
それではロップはこの先どうなってしまうのでしょう。次回お楽しみに。