7 マスターズさんの古本屋
ロップとマドレーナのふたりは、屋上庭園を後にして、エレベーターでラビットランドタワーの一階に降りてゆきました。
読者の皆さんは「ふたり」という言葉を不思議に思われるでしょうが、2匹と呼ぶのは、文化的な生活をしているうさぎに対して失礼な気がするので、作者はここであえて、ふたりと呼んでいるのです。
「どこの行くの?」
とロップはエレベーターの中で、マドレーナに尋ねました。
「古本屋さんよ。マスターズさんの古本屋さん。50年前、このラビットランドタワーができた当時からある老舗中の老舗なのよ」
マドレーナはそう言い終えると、エレベーターから飛び出し、ロップを置き去りにでもするかのように、曲がりくねった細い廊下を、ひとりですたすたと歩いていってしまいます。
(古本屋さんになんの用だろう……)
とロップは首を傾げながら、マドレーナの後ろ姿を追いかけました。
暗がりの中、灯りが吊るされた細い廊下の突き当たりに、その古本屋さんはありました。木製の枠の中に透明なガラスがはめられている観音扉があり、そのガラスには「マスターズ・レピットソンの古本屋」と金色の字で記されていました。
「さあさあ、中に入るわよ」
「ねえ、何を買うの? 申し訳ないけど今、小説を買うお金はないんだ」
「お馬鹿さんね。地図よ。地図がなかったら探偵はつとまらないでしょ」
どうもマドレーナは、すぐにロップのことを馬鹿にしたがる癖があるようです。ロップはその度に、少ししょんぼりして、なんとも気まずくなるのでした。
マスターズ・レピットソンの古本屋は、入り口から一目で見渡せるくらいの狭さのお店ではありましたが、壁にとりつけられた本棚は、梯子がないと手が届かないほど高いところまでありました。それに梯子を使わないとのぼれない中二階もあります。
床には、紙が黄ばんでしまって、紙やすりでも使わないと白くならないだろうと思わせる中古の洋書が平積みになっていました。
本棚の間から見えている、突き当たりのカウンターには、小さな丸眼鏡を鼻にのせた灰色のうさぎが座っていて、気むずかしそうな顔つきで、文庫本を読んでいます。彼がマスターズさんなのでしょう。
「マスターズさん!」
「おお、マドレーナじゃないか。どうしたね。本をお探しかな」
「ううん。本じゃないの。このうさぎさんにできるだけ新しいエレクトロンポリスの地図を紹介してほしいの」
「地図か。そうかそうか。それなら、こっちだよ」
マスターズさんは重い腰を上げて、ずいぶんゆっくりしている足取りで、マドレーナとロップを店の奥へと案内します。
古本屋さんの隅っこに、古い地図が平積みにされている本棚がありました。マスターズさんは嬉しそうに一枚一枚、地図を手にとって眺めています。
「これなんかは、今から100年前の地図だよ」
「そんなのいらないわ。できるだけ新しいのがほしいの。ねえ、このうさぎさん、探偵なのよ」
マスターズさんは、へえっと呟くと、いかにも感心したような目つきになり、小さな丸眼鏡をちょいと上げて、ロップをまじまじと見つめます。
ロップは緊張のあまり、冷や汗が出そうになって、ぎこちなくおじぎをしました。
「あの、ロップです。探偵をしています」
「探偵さんかね。それなら最新の地図が必要だね。そうだね。どれがいいだろう。これはちょうど1年前に、ダックスフントフレンド社から発売されたエレクトロンポリスの地図だ。だけど、こいつは「うさぎの抜け道」について何も記されていない……」
マスターズさんはいかにも不満そうに、印刷が真新しいその冊子を、何度もひっくり返して眺めています。
うさぎの抜け道というのは、ラビットゲージに無数にある秘密の抜け穴のことです。ダックスフントフレンド社というのは犬の出版社ですから、その地図は、うさぎの街について詳しく記されていないのです。
「ラビットゲージで探偵をするのに、うさぎの抜け道がどこにあるのか知らないなんて、とんでもない話だわ。ねえ、もっと、うさぎの抜け道について記されている地図はないの?」
とマドレーナはいかにも不満そうに小さなお口をとがらせます。
「そうだねぇ。うさぎの抜け道や、地下街について記されている地図は、このところ警察によってきびしく統制されているのだよ。ギャングもこのことについては、一般のうさぎにあまり知られたくないものらしく、目を光らせているよ。しかし探偵としてやっていくのなら、知らないわけにはいかないだろうな」
マスターズは深く頷くと、ロップの顔をまじまじと見つめます。
「よし、それじゃあ、君を秘密の書庫にご案内するとしよう。この古本屋の真下にも隠し部屋があってだな。ギャングや警察に見つかるとめんどうな秘密の書物を沢山隠してあるのだよ」
ロップはこの言葉を聞いて、青ざめてしまいました。
「そんな部屋があるの?」
とマドレーナはびっくりして、小さな声でマスターズに尋ねます。
「そのとおり。しかし、このことは誰にも喋ってはいけないよ。わかったね。マドレーナ。ロップ……」
マスターズはそう言うと、おそろしい目つきでふたりの顔を交互に見るのでした。
このように、ロップは、マスターズ・レピットソンの古本屋でエレクトロンポリスの地図を買おうとしていましたが、ひょんなことから、秘密の書庫に案内されることになりました。そして、この秘密の書庫での発見が、ロップの運命を大きく変えることになるのです。もちろんこの時、ロップはそんなこと、想像もしていなかったのでした。それでは、この後、ロップはどうなってしまうのでしょう。次回、お楽しみに。