6 屋上庭園のパラソルの下で
ロップはマドレーナに連れられて、ラビットランドタワーの屋上庭園にやってきました。
ここからラビットゲージの街並みを一望することができるのです。
見わたす限り、オレンジ色の三角屋根がずっと続いています。家並みは寄り集まり、お山のような形をしています。そのてっぺんに立派なお城がそびえているのを見ると、ロップは、本当にすごい都会に来たもんだなぁ、と思えてきて、深くため息をついたのでした。
屋上庭園は、いくつかの階に分けられていて、複数の階段によってつなげられています。あるところにはお洒落なパラソルのついたテーブル席が並んでいて、みんなそこに座って、売店で買ってきたアイスクリームや色とりどりのジュースを味わっているのです。
「とても日差しが強いね」
「そうね。白い毛が焼けちゃうわ」
マドレーナはそんな冗談を言うと、ロップを置いて、売店に向かってひとりで歩き出します。
「わたし、クリームソーダを飲むから」
とマドレーナはロップに言うと、目の前の売店のうさぎのおじさんにお金を支払って、大きなグラスに美しい水色のクリームソーダを注いでもらいました。そこにまんまるの大きなバニラアイスクリームを入れてもらいます。
「ありがとう……!」
マドレーナは、ふんふんと鼻歌を歌いながら、ロップの前を素通りし、パラソルの下の席にゆったりと腰掛けたのでした。
ロップは、クリームソーダなんてお洒落なものは一度も飲んだことがありませんから、あっけにとらえて、マドレーナをまじまじと見つめています。
(マドレーナって本当にモダンな子だ!)
ちょっと感動すら覚えたのでした。モダンというのは「いまどきの」という意味です。
ロップは、マドレーナがクリームソーダを購入した売店で、田舎町ローリエントにいた頃よく飲んでいたラズベリーのジュースを購入すると、もじもじしながらマドレーナの隣の椅子に座りました。
マドレーナは、風通しのよい安楽椅子に座って、体が妙に長くなっていました。体が長くなるのはうさぎがくつろいでいる証拠です。
「ねえ、ロップ」
とマドレーナは言いました。ロップは、はじめてマドレーナにロップという名前で呼ばれたことにどきりとします。
「な、なんだい、マドレーナ……」
ロップはどうにか名前を呼び返したのですが、ラズベリーのジュースが大きく波打っていることに気づいて恥ずかしくなり、テーブルの上にグラスを置きました。
「あなたは探偵だけど……わたしたち、ジョンソンとマッピンフィルの店の仲間のひとりだわ」
そうマドレーナに言われるとロップは、ちょっと焦りました。
「僕はごろつきになるつもりはないよ」
ロップはずっと思っていたことを言いました。どうしてもマドレーナに伝えておかなければならないと思っていたことです。
「あそこには、たまたまお邪魔しただけだよ。僕は探偵だし、悪いことはできない。君たちの期待に応えることはできないかもしれない……」
「そうね。あなたは探偵だし、わたしはごろつきの集まる料理店のウエイトレスだもの。仲良くすることなんてできないわ。それが常識というものね」
マドレーナはなにか知り尽くしていることがあるように、目を細めました。
「でも、このエレクトロンポリスにおいてはそれが普通なのよ」
ロップはマドレーナの言うことの意味がよく分かりません。
「このエレクトロンポリスで善人ぶるなんてことはあなたにも到底できないわ。できるのはごく一部の一等の市民だけよ。エレクトロンポリスの大部分を占める路地裏や地下街には、かろうじて生活を続けている貧民がたまっているのよ。そして拳銃を片手に、デタラメな強がりを言っている。みんな怖いのよ。ギャングと警察に板挟みになってどうにか生きているのよ」
ロップはマドレーナにそう言われて、悲しい気持ちになりました。マドレーナの言っていることが本当かどうかは分かりません。でも、あの「ジョンソンとマッピンフィルの店」に集まっているごろつきたちはたしかにそんなうさぎたちに思えたのでした。
「あなたは探偵になって、そんなわたしたちを一掃するつもりだったのでしょう。できるものならしてみたらいいわ。それが正義だというならわたしは止めないわ。でも、わたしたちはね、拳銃を片手に、強がってデタラメを言わないと怖くて街も歩けないのよ。だってギャングも拳銃を持っているのよ」
マドレーナはそう言うと、ロップに悲しげに微笑みました。
ロップは、自分が口にした言葉のせいで、マドレーナが深く傷ついたのだということに気がつきましたが、なんと声をかけたらよいのか分かりません。
「ごめん。でも、僕はそんなつもりじゃなかったんだ。探偵になったのも、浮気調査とか行方不明になったペットの捜索とかをするつもりだったんだ。君たちを悪くいうつもりはなかったんだ……」
「わたしの方こそ、ごめんなさい。あなたを責めるつもりはなかったの。わたしはちょっとさみしくなっただけ……」
とマドレーナは言って、うつむきます。ロップは再び、エレクトロンポリスの街並みに目をやります。今度は、先ほど見た時とはまったく違う風景に見えてきました。
「この街はこんなにも綺麗なのに、奥底から苦しみの叫びが聞こえてくるみたいだ。マドレーナ、君やジョンソンさんのお店を責めるつもりは僕にはないよ。どうするべきか、今の僕にはわからないけれど……」
ロップはそう言って、なんとかマドレーナを励まそうとつとめます。
「わかってくれて嬉しいわ。この街はね、お化粧をしているの。とても綺麗につくろっているわ。でもだまされないでね。ここは三百年前、勇敢な狼たちが、夢を抱いて、荒れ地に築き上げた壮大なポリスなの。ところが、三百年の月日がポリスにもたらしたものは、迷宮ともいえる地下街、それは貧民と悪党の巣窟だったのよ」
「その話を聞いているとなんだか僕は悲しくなるよ」
マドレーナはクリームソーダをストローで吸い尽くして、お手拭きで白い手を綺麗にしています。
「でもね、ロップ、これだけは分かって……。わたしたち「ジョンソンとマッピンフィルの店」に集っているうさぎは、口から出まかせばかり言って、肩をふって街を歩いているけれど、拳銃を手放したら怖くて夜も眠れない臆病ものたちよ。とても醜い存在なの。でもね、本当に美しいものはその醜いものからしか生まれないのよ」
そう言うとマドレーナは椅子から立ち上がって、どこかへすたすたと歩いていってしまったのでした。ロップは椅子の上であっけにとられます。本当に美しいものは醜いものからしか生まれないとはどういう意味でしょうか。ロップはその言葉の意味がわかりません。これから先、ロップはどうなってしまうのでしょうか。次回、お楽しみに。