4 マドレーナの誘い
やれやれという声と共にため息が聞こえました。声を発したのは、店主のジョンソンです。ジョンソンはロップのもとに歩いてきました。
「よくやったぞ。あの男の脅しに少しも口を割らなかったのだからな」
ロップはジョンソンに肩をぽんと叩かれて、目がくるくる回り、なんと答えてよいのかわからなくなりました。
「マドレーナ。早速、この子にかぼちゃのタルトを振る舞っておやりなさい」
「はーい」
先程のうさぎの娘はマドレーナというお名前のようです。彼女は、お店の奥に走っていって、すぐに大きなかぼちゃのタルトをお盆にのせて走ってきました。
「いえいえ、大丈夫です!」
ロップは慌てて断ろうとします。目の前でうさぎが射殺されて、おそろしいうさぎの警部に尋問されたばかりですから、かぼちゃのタルトなんて喉を通るはずがありません。
それでも、テーブルの上におかれた、大きな山の形をしたかぼちゃのクリームタルトは実に美味しそうに見えました。ロップはお腹がぐうと音を鳴らしたので、もじもじしながらフォークを受け取ると、少しずつはじっこから食べてゆきました。
「わたしの特製なんです」
とマドレーナは言いました。
「さて、あの屍をどうにか片付けないといけないな。死体回収業者に頼まなきゃならん。すぐに誰か行ってくれ」
とジョンソンは言って、ひとりのごろつきに紙幣を渡しました。
するとジョンソンは再び、ロップのもとに歩いてきました。そして向かい側の椅子に座り込みました。
「お若いの。これがこの街の裏の姿さ。しかしこの街では、拳銃を腰に下げて、自分の身はいつでも自分で守れるようにしておらんと、とても生きていけないのよ。それはな、俺たちなんかよりもずっと悪いやつらがあちこちにのさばっているからさ。まあ、自己防衛というやつだ」
ロップは、そうジョンソンに言われて、ぺこりとお辞儀をしました。
「ここにいるのは本当に気のいいやつらよ。しかしみんな気が荒いところもあるからそれだけは気をつけてな。ここんところ、警察の取り締まりは厳しくなるし、心底悪玉のギャングどもは暗黒街にのさばっているし、俺たちみてえな小心者の悪党は、本当に肩身が狭くなる一方だ」
ジョンソンは、ロップの前に座って、もう一本残っていたフォークを掴んで、ロップが食べているかぼちゃのタルトの反対側に突き刺しました。
「このかぼちゃのタルトが美味えんだ。マドレーナのお手製さ。そこの表通りのケーキ屋でも、こんな濃厚なかぼちゃのクリームは味わえんだろうな」
そういって、ジョンソンはかぼちゃのタルトを口一杯に頬張ります。
「ダッチを用心棒に雇ったおかげでギャングどももすっかり顔を見せなくなったが、用心は続けなきゃならん。お前さんも俺の店を根城にすることだな。名前はなんてんだ?」
「ろ、ロップです」
「ロップか。男前のいい名前だ」
とジョンソンは言って愉快そうに笑うと、椅子から立ち上がり、どこかへ歩いていってしまいました。
「ねえ、美味しい?」
うさぎのマドレーナがロップに尋ねてきました。ロップはどきりとして、
「うん。美味しいよ」
と答えました。実際とっても美味しかったのです。
「よかった。あなた、この街に来たばかりなんでしょ」
「そうだよ」
「それじゃ、どこに何があるのか全然知らないのね。それってすごく大変ね」
マドレーナは小さなお鼻をひくひくさせています。
「まあね。でも引っ越しってそういうものじゃないかな」
「ふん。いいわ。じゃあ、わたしが案内してあげる。明日の朝、ここの地下街の入り口に来なさいよ」
「えっ!」
「階段の上のところよ。そうね。朝の10時がいいわ。10時にならないとどこのお店もはじまらないのよ」
「………」
ロップは驚いて、狼狽えて、この際、長い耳を振りまわしたくなりました。本当にそんな気持ちだったのです。ロップは女の子というと田舎のうさぎの同級生しか知らないのです。ところが目の前のマドレーナはとってもお洒落なうさぎの少女です。オレンジ色の小さなリボンをして、可愛いらしいエプロンをしているではないですか。そのマドレーナが街を案内してくれるというのです。
(どうしよう……)
ロップは今着ているチョッキとシャツとぼろぼろのコートの他は、ふかふかの寝巻きしか持っていません。ハンチングの帽子だって見ての通り、よれよれです。とても女の子とデートができる状況ではないのです。
「あの……」
「決まりね。もう決まったから。じゃあ、明日は待ってるわ」
マドレーナは、そう言うと鼻歌を歌いながら、どこかへいってしまいました。
(大変だ。大変なことになった。僕は目の前でうさぎがうさぎを射殺されて、おそろしい警察に尋問されたあげく、明日は可愛い女の子とデートだ!)
ロップは、胸を抑えながら、半分以上のこっているかぼちゃのタルトをまじまじと見つめています。お腹は減っていましたが、まったく喉を通らなくなってしまいました。それは明日が心配だからなのです。
こうしてロップは「ジョンソンとマッピンフィルの店」のごろつきの仲間ということになってしまいました。その上、店の看板娘、マドレーナとデートなんかをすれば、それこそ、もうごろつきの家族みたいなものではないですか。なんということでしょう。だけど心優しいロップは、女の子の誘いを断ることなんてできるはずがありませんでした。さて、この先どうなってしまうでしょう。それでは次回をお楽しみに。