26 お別れの合唱
ロップたち3匹が、ジョンソンとマッピンフィルの店に勢いよく乗り込んだ時、店はがらんとしていてうさぎ気もなく、丸いテーブルが倒れていて、割れた酒瓶がいくつも転がっているだけでした。銃弾によって空けられた風穴が無数に壁に並んでいました。
「そんな……」
風の通り抜ける店内には、店主のジョンソンのたのもしい姿もなければ、いつもこだましていた常連客の笑い声も今ではありませんでした。
ロップは真っ青になって、ダッチの顔を見ました。ダッチは神妙な表情を浮かべて、店の中を歩きまわりました。彼は、板張りの床に血がこびりついているのを見て、すべてを察したようです。
マドレーナは顔を押さえて、うつむいてしまいました。
「わたしのせいだわ……」
ロップは驚いて、マドレーナの顔を見ました。
「ここにいるのはまずい。すぐに警察が来ることだろう……」
ダッチはそう言うと、悲嘆に暮れている他の2匹を連れて、店の奥へと入ってゆきました。そして食器棚を横にずらして、その後ろの隠されていた円形の穴へと入ってゆきました。
「なに、この丸い穴……」
ロップが驚いて振り返ると、泣いているマドレーナが、ロップのお尻をぱしっと叩いて、
「はやくお入りなさい。あなたって勘が鈍いのね。これがうさぎの抜け穴なのよ!」
と声を荒げました。
なるほど、とロップは納得しながら、じんじんと痛むお尻を押さえて、その細長い通路に入ってゆきました。
3匹は全力で通路をかけてゆきます。目の前に古めかしい鉄格子の扉が見えてきました。ダッチはその扉に飛びつくと、ダイヤルのような円盤型の鍵をまわして、数字を合わせます。
3345
その途端、鉄格子の扉ががちゃりと音を立てて開きました。3匹はさらに奥へ奥へと進んでゆきました。細長い通路がくねりながら地下深くへと潜ってゆきます。ロップはだんだん恐ろしくなってきました。
(一体、この道はどこに通じているんだろう……)
通路を進むと、3匹は天井の高い空洞のホールに出ました。石造りのプールに水が溜まっていて、左手には暗闇の中へと通路が続き、右手には石の階段が迷路のようにくねりながら上へ上へと続いていました。
その時です。話し声が左手から響いてきました。ロップがぞっとして立ち止まると、ダッチがちょいちょいとその肩をつつき、階段の上をゆびさして、勢いよく登ってゆきました。ロップとマドレーナも慌てて、これに続きました。
ロップたちが階段の上からこっそりと階下を見下ろすと、通路からギャングうさぎたちがぞろぞろと出てきたのでした。
「やつら、どこに行きやがった。影も形もないたぁこのことだ。それにしても、ここはまるで迷路だな。まさか、やつら、うさぎの抜け穴を知り尽くしていようとは……」
「それに、ところどころ鉄格子の扉があって、暗証番号が分からなくちゃ通り抜けられないようになっている。移流民の絶えなかった前時代の名残だな……」
ギャングうさぎが口々に文句を言っているところを見ると、ジョンソンとマッピンフィルの店の仲間たちはどうにか彼らから逃げおおせたようです。
(これが土地のものとそうじゃないものの違いさ……!)
とロップは自分だってよそ者のくせに妙に得意になって、そう思いました。
「おい。ここにいちゃすぐに見つかるぞ。さあ奥へと急ごう!」
とダッチは言うと、さっさと通路の奥へ入っていこうとします。
「待って! みんなの居場所に心当たりがあるのかい?」
とロップが尋ねると、
「たぶんあそこさ!」
とダッチは答え、ひとりでぐんぐんと奥へと進んでゆくのでした。
3匹は、しばらく曲がりくねった煉瓦造りの通路をかけてゆくと、不思議な商店街を見つけました。それはうさぎの抜け穴の中にあって、外灯がちょろちょろと黄色くともっていますが、ほとんどのお店は閉店しているようでした。中には、痩せ細ったお婆さんうさぎがやっている妖しげなお店もありました。「なんでも薬屋」と看板には記されていて、店頭では鍋で温めたにんじん酒を売っているのでした。
(まるで魔女のお店だ!)
とロップは思いました。
「ここは地下商店街さ。ギャングの支配を恐れる貧民が、前時代に廃れた商店街を利用して、細々と商売をしているのさ」
とダッチが語りました。
「地下商店街って、前時代にはたくさんあったものさ。その多くは警察の取り締まりのせいで廃墟と化してしまった。それでも地上で生きていけない貧民にとっちゃ、今でも大切な生活の場なのさ」
ダッチはその商店街の中をかけてゆきます。その商店街の中ほど、岩窟の奥まったところにある丸い扉の中へと駆け込みました。ロップもマドレーナもその後ろ姿を追いかけます。
「そんな……」
扉の中で、ダッチの悲痛な声が響きました。
ロップも扉の中に飛び込んで、あっと叫んで、息を呑みました。
その部屋には、ジョンソンとマッピンフィルの店の仲間たちがいました。うさぎたちの視線は、部屋の真ん中へと集まっています。そこには白いベッドに眠っている店主ジョンソンの姿がありました。お腹に包帯が巻かれて、それは真っ赤な色に染まっていました。
「ダッチ……。ジョンソンが……」
常連客うさぎの1匹がダッチに話しかけてきました。
「撃たれたのか」
「ああ。アドレフに、マッピンフィルの仇打ちだと言って銃口を向けた時に……」
ジョンソンはとろんとした目つきで、ダッチの顔を見て、こんなことをぼそりと言いました。
「お、俺はもう駄目らしい……」
「駄目なものか。ここに医者さえいれば……」
「間に合わんさ……」
ジョンソンはそう言うと、息も絶え絶えな声で、
「ダッチ……今まで店の用心棒をしてくれてありがとうな……それにすまなかった……マドレーナ……いるのか……ここに来てくれ……」
マドレーナが放心している表情で、ジョンソンのもとへとかけてきました。
「マドレーナ。こんなところでくたばっちまう俺を許してくれ……」
「お願い。死なないで……」
マドレーナは必死な目で、ジョンソンをじっと見つめました。
「お前の親が死んだ時、俺がお前を守ると決めたのにな……」
「まだ生きるのよ!」
マドレーナはジョンソンの胸を強く抱きしめました。
ジョンソンはとろんとした目つきで、長い耳を傾けて、亡霊たちの歌声を聴いているようでした。それは心地よく心の中に流れ込んでくるものでした。それを遮るように、マドレーナのすすり泣く声が首元を伝うのでした。
「亡霊の合唱が聴こえてくる……」
「やめて……そんなこと言わないで……」
「馬鹿な俺を祝福しているんだ……俺の馬鹿な振る舞いを……血反吐吐く馬鹿な俺……あの店も潰れてもう終わりさ……」
マドレーナがまわりを見ると、まわりの並んだ常連客のうさぎは皆、涙を流していました。誰もがジョンソンとマッピンフィルの店でジョンソンや仲間たちと語り合った日々を思い返しているのでしょう。
「ちゃんと……生きる場所を見つけるんだぞ……」
今、ジョンソンは静かに目を瞑りました。
その時、ロップの長い耳に、亡霊たちの合唱がどこからともなく聴こえてきました。それはきらきらと光り輝いている天の河のように優しく美しい歌声でした。声は重なってゆき、柔らかい光となってその場にいるうさぎたちを包み込みました。
今 優しかったジョンソンが死ぬ
こだまする あの日の銃声 喧嘩ばかりの日々
泣いた後に 酌み交わした にんじん酒の味
看板を下ろす時が来たんだ ジョンソンの店
苦々しいすべての 幕を下ろしてしまおう
今 あの優しかったジョンソンが死ぬ
もう戻ることのない 魂さ
可愛がったマドレーナの涙声 耳元に
仲間に囲まれた 暖かい布団の中でね
今 優しかったジョンソンが死ぬ
ただ時代遅れの 優しさだけ残して
吐息の灯火が消える ぱったりとね
そして今 暗転するんだ 何もかも
忘れられない 面影を心に残して
亡霊たちの合唱が、水に溶けるように消えてゆき、ロップもマドレーナもダッチも、ただ静かになったジョンソンの姿を見つめていました。そして彼が目覚めることはもうありませんでした。みんな黙って見つめているばかりで、空気が澄んでいて、ランプが黄色くチラチラと灯っていて、とてもとても静かなのでした。
うさぎ殺しのアドレフの手にかかり亡くなった店主ジョンソン、それを見つめる仲間たち。果たしてロップたちはこの後、どうなるのでしょうか。そして尊きジョンソンの魂はどこに誘われるものでしょう。それでは次回、どうかお楽しみに。




