24 ラビットストン駅のごみ箱の中
マドレーナは、電灯のともった洋館の廊下を歩いて、エレナのいる応接間に戻ってきました。エレナはマドレーナをずっと探していたらしく、右前足でロウソクのささった手燭をにぎって部屋の真ん中であおい顔をしていました。
「一体どこにいたの。ずっと探してたのよ」
とエレナは怖い顔を作ると言いました。
「真っ暗になったのがこわくて、廊下に飛び出したの。それから先のことはよく覚えていないわ」
とマドレーナはすぐにごまかして言いました。
「ふうん。それじゃ亡霊に会わなかった? この洋館の亡霊たちは時々、来客をおどかすのよ」
「さあ」
とマドレーナはそう言って微笑むと、椅子に座りながら左前足でそっと洋服の中に隠している鍵をカチカチと音を立てて揺らしました。それはずっしりと重かったのです。マドレーナはこの前足応えに安心しました。
(よかったわ。これでこのお屋敷にはもう何の用もない……)
それでもマドレーナは、エレナに怪しまれてはいけませんから、エレナとしばらくの間、テーブルを囲んでふかふかのソファーに座り、お茶を飲みながら学生の頃の昔話をしました。
それはマドレーナが裕福であった頃のお話です。エレクトロンポリスのうさぎの学校には実にたくさんの行事がありました。玉転がし大会や、にんじんの大食い大会、障害物競走大会といったさまざまな行事が、毎月のように行われていたのでした。
「なつかしいわね……」
マドレーナは思わず涙が出そうになりました。2匹は本当にとても仲がよかったのです。それでもマドレーナは今、エレナを欺こうとしています。そしてマドレーナはこくんと頷いて、かばんから懐中時計を取りだし、それをちらりとのぞくふりをすると、
「もうこんな時間。わたし行かなくちゃ。今日はとても楽しかったわ……」
と言って、椅子から立ち上がりました。
「あら、そう。残念ね」
エレナはお嬢さまらしく、名残惜しそうに頷くと、ゆっくりと立ち上がりました。スカートのほこりをぱっぱっと払います。ふたりは並んで階段をおりてゆき、ついに玄関までやってきました。
「またお会いできる日まで、さようなら」
とマドレーナがエレナの顔を見ないようにしながらそうつぶやくと、エレナがふふっと笑って、
「せめておみやげを用意しておくんだったわ」
と言いましたので、マドレーナはぎょっとしました。マドレーナは、その言葉を聞いた瞬間、盗んだ鍵がカチャリと大きな音を立てたような気がして、慌てて洋服のポケットを外側からおさえつけました。
「気にしないで。おみやげなんて必要ないわ……」
エレナはその言葉に頷くと、
「雨が降っているから気をつけてね」
とだけ言いました。
マドレーナは1匹になると洋館の階段から飛び降りました。振り返ると、亡霊の嘆きの声がいまだに屋根のあたりから響いてきていました。マドレーナは考えがあって、洋館の外側をくるりとまわって、裏庭にゆきました。見るとそこに亡霊たちのお墓が四つほど横に並んでいるのでした。
マドレーナは、
「お花はないけれど……」
と言って、お墓にちゅっとキスをしました。するとその途端、ずっと響いていた亡霊たちの嘆きの声がぴたりと静まったということです。
マドレーナはざんごうのような竪堀の道を通って、お屋敷から離れてゆきました。マドレーナが通る道はぬかるみ、雨は先ほどよりもかえって強く降りしきっているのでした。
(あの2匹……)
マドレーナが振り返ると、先ほどのギャングうさぎがマドレーナの姿を睨みつけながら、あとをつけてきていました。マドレーナはささっと道のかげに隠れて、洋服から銀色の鍵を取り出すと、それを白い紙で包んで、先ほどの空き瓶の中へとひょいっと放り込みました。
(これで、鍵は空き瓶の中だわ……)
一体、マドレーナはこの鍵の入った瓶をどうするつもりなのでしょう……?
マドレーナはラビットヒルズ駅へと戻ってきました。ラビットヒルズ駅の受付ですぐに一枚切符を買い、ホームに止まっている高級列車にすぐさま乗り込みました。もうベルが鳴っていましたので、ギャングうさぎたちも大急ぎで高級列車に駆け込んできました。これを世間では、うさぎの駆け込み乗車と呼んでいます。
(あの2匹、ちゃんとついてきたわね……)
高級列車はすぐにラビットストン駅に到着しました。ラビットストン駅は、うさぎの居住区のラビットゲージの中でも、特に大きな駅でした。
マドレーナは列車を乗り換えるふりをして、ホームに降りました。そして後ろも見ないで改札口から勢いよく飛び出したのです。2匹のギャングうさぎも大慌てで改札口から飛び出してこようとしました。
ところがその時、2匹のギャングうさぎは、手にしている切符が一番安いものだったので駅員うさぎに呼び止められてしまいました。料金不足というやつです。
(この隙だわ……!)
マドレーナは、ラビットストン駅の大ホールに備えつけられたカラフルなごみ箱に、鍵入りの瓶を放り込み、捨ててしまったのでした。あんなにも苦労して手に入れた鍵を捨ててしまうとは、マドレーナは一体何を考えているのでしょう!
マドレーナのこの行動の真意は、後になってわかります。それでは次回お楽しみに。




